第5話 氷のピアスと吸収

 バスタは北西の森を抜け小川を突き進み、岩場のゴツゴツして足場が覚束無い危険地帯を越えて走っていた。


 モノクルのレンズ越しに、ガープの気配を追うがフルカスの声が慎重に響く。


「若様、ガープの気配が急に弱まっております。まるで…何かに抑え込まれたかのよう。急ぎなさい、森の外れへ!」


 バスタは息を荒げ深く呼吸をし、剣を握る。


(ガープ…絶対に逃がさねえ! あの万年筆、俺が奪う!)


「フルカス、アイツの気配は弱まってるだけでまだあるんだろ? どこだ!?」


「若様、気配は森の外れ、開けた丘の近く。ですが…別の気配も感じます。強力な…レガリアの匂いでございますな」


「なんだと、まさか違うレガリヤ使いとガープが闘ってるかよ」


 バスタは眉をひそめ、丘へ急ぎ森の木々が途切れ、開けた草地に出る。


 そこには、信じられない光景が広がっていた。


 中型のイタチが地面に倒れ、微かに震えている。


 冷気の薄い膜がその体を覆い、仮死状態に陥っているようだ。


 背中に絡みついていた金製の万年筆は、青い光を失っている。


 イタチの前には、20歳前後の女性が立っている。


 黒デニムのショートパンツ、薄紫の肩出し長袖、左耳に雪の結晶形のピアス。


 ボブカット風の黒髪は右側をワイルドに上げ、左側を垂らし、鋭い緑の瞳がバスタを捉える。


 彼女はイタチに手を伸ばし、背中の万年筆を自分の物ように手中に収め、もう片方の指先でピアスを軽く弾くとピアスが冷たく輝く。


 万年筆の青い光が、ピアスに吸い込まれるように消えていく。


(何…!? ガープのレガリアが…吸収されてる!?)


 バスタは剣を構え、叫ぶ。


「お前、誰だ! ガープのレガリアをどうした!?」


 女性――リズはニヤリと笑い、再度ピアスを指で弾く。


「坊や、遅かったね。あたし、リズ。このちっこいイタチ、ガープのレガリアだったけど…もうあたしのもの。悪いけど、先着順ってことで」


 フルカスの声がバスタの頭に響く。


「若様、警戒なさい! そのピアス…ソロモン72柱の第10番目、ブエルのレガリアでございます! 知恵と癒しを司る悪魔…だが、その冷気は攻撃にも使える。手強い相手でございますな」


 リズのピアスから、冷たい声が念話で響く。


 ブエルの女性特有の声だ。ハスキーで穏やかだが、氷のように鋭い。


「リズ、余計な話は不要だ。この少年、フルカスのレガリアを持つ者…ふむ、フルカスか。懐かしいな。あの王の闘い以来だ」


 フルカスが低く笑い、皮肉を込めて返す。


 「ほほ、ブエル、相変わらず冷ややかな声でございますな。あの闘いでは、我々が互いに潰し合い、第三者の漁夫の利で共倒れしたではないですか。貴方の知恵も、わたくしの知識も、結局は無駄に終わった」


 ブエルの念話が鋭く切り返す。


「ふん、フルカス、お前こそあの時の策略が拙かったからだ。我々が共倒れしたのは、お前の計算違いのせいだろう?」


 バスタは苛立ちを隠さず、割り込む。


「何だよ、その昔話! フルカス、ブエルの話は後だ! アイツの力を教えてくれ!」


 フルカスが冷静に答える。


「ふむ、若様、失礼いたしました。ブエルは知恵を授け、氷の力を操ります。リズの短剣と冷気の連携は、ガープの幻惑とは異なる脅威。まずは彼女の動きを観察なさい」


 バスタは目を細め、リズを睨む。


「お前、ガープをどうやって倒したんだ!」


 リズは万年筆を軽く振って笑う。


「どうやって? 簡単さ。ガープのイタチが森の外れで油断してたから、ブエルの冷気で仮死状態に追い込んでやっただけ。んで、万年筆はあたしのピアスに吸収。レガリアってのは、強い方が喰うものだろ?」


 バスタは拳を握り、剣を構える。


(くそ…せっかく追いついたのに、ガープを…! でも、この女、ただ者じゃねえ)


「フルカス、ブエルの力って何だ? どうやって戦う!?」


「若様、ブエルの冷気は遠距離攻撃が得意。リズの短剣は接近戦にも対応します。

 まずは冷気を避け、懐に飛び込むのが得策でございますな」


 リズが短剣を抜き、軽く構える。


 彼女の周囲に冷気が漂い、地面が薄く凍る。


「坊や、名前は? フルカスのレガリア持ってるってことは、ただのガキじゃないよね?それにしても初見の相手だろうに、私の特技まで看破するなんてフルカスのレガリヤは厄介ね」


「バージッド・ラ・コスタ。バスタだ。俺は大陸の覇者になる男だ。お前のそのピアス…俺が奪ってやる!」


 リズはくすくす笑い、ピアスが輝く。


「覇者? ハッ、いいね、気合入ってるじゃん。けどさ、あたしも負ける気はないよ。ブエル、準備は?」


 ブエルの念話が答える。


「無論だ、いつでも問題ないさリズ。だが、この少年…フルカスの知識は侮れん。慎重にいけ」


 バスタは一歩踏み出すが、リズが短剣を振る。


 冷気が刃のように飛来し、バスタは跳んで回避する。地面が凍り、草が砕ける。


(速え…! あの冷気一瞬で草が氷になった、明らかにヤバいぞ!)


「フルカス、身体が粟立ってるみたいだ指示をしてくれ!」


「若様、冷気を避け、懐に飛び込みなさい! ブエルの力は遠距離が得意。接近戦で勝負を!」


 バスタは剣を振り、リズに突進する。


 だが、リズの緑の瞳が光り、冷気が渦を巻く。


 物語は新たな戦いの幕開けを告げる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る