護衛騎士、スローライフに染まる
それは、朝の静寂が満ちる中のことだった。
カモミールの花が露に濡れる頃、村の門が**ドゴォォォン!**という音と共に吹き飛んだ。
「おい……また爆発音から始まるのか……」
俺はミントを摘んでた手を止め、ゆっくりと顔を上げた。
村の入り口から、黒と赤の騎士甲冑をまとった、ひとりの女性が歩いてくる。
その背中には大剣。風で揺れる銀髪。鋭すぎる目つき。
――あれが、王女が言ってた“護衛”か。
「よぉ! ハーブの天才ってのはお前か、薬草屋のレン!」
「……うわ、声がデカい」
「王都第一近衛騎士、クロエ・イグナリアだ! 今日からお前の護衛を任された!」
「いや、その名乗り方、敵来そうな勢いなんだけど」
◆ 護衛という名の侵略者
クロエは、なぜか俺の家に勝手に居候を始めた。
「屋根はあるし、茶はうまい。最高だなここ!」
「いや、そういう問題じゃないから」
「それに、お前が狙われるなら、ここが戦場になるだろ? だったらここに常駐するのが当然だ」
「いやいやいや! スローライフの中に“戦場”って言葉入れないで!?」
しかも、彼女は常にテンションが高い。
朝は「出撃だぁ!」と叫びながら畑へ向かい、夜は「寝るぞォォ!」と叫びながら布団に突っ込む。
「……これ、本当に護衛で合ってるのか?」
「おにいちゃん……おうち、にぎやかになったね……」
フィナが若干引いていた。
◆ スローライフ、クロエ流
だが意外なことに、クロエはハーブに興味津々だった。
「これが……“セイントレモングラス”か……見た目はただの草だが、香りが最高だな!」
「うん、それ料理にも使えるし、足湯にも使えるよ」
「足湯!? 草を湯に!? なんて贅沢な使い方だ!」
「いや、そういう草だから……」
「レン、お前、天才だな!!」
褒められるのはいいけど、目が光ってるのはやめてほしい。
そのあと彼女は、自分専用の「足湯バケツ」を用意し、夕方になると庭でずっと足を浸していた。
「これは……! ……すごく……イイ……」
「めっちゃ静かになってる……」
◆ “護衛”としての強さ
だが、彼女が一騎当千の騎士であることも事実だった。
ある日、またしても“薬狩り”の残党が森に潜んでいたのを発見したときのこと。
「レン、ここは任せとけ!」
「いや、一応俺も……」
「《断空・月牙斬りぃぃぃっっっ!!!》」
森が裂けた。
マジで斬った。大地ごと。
「あの……クロエさん、薬草……そっちに自生してたんだけど……」
「す、すまん……勢いで……!」
さすがに俺の心も多少裂けた。
◆ ハーブのちから、護衛にも
クロエはその夜、俺が作った“筋肉疲労回復ブレンド”に感動し、
以降、戦闘後のティータイムが完全に習慣となった。
「これを飲んだら、次の斬撃にキレが出る気がする!」
「いや、斬撃に使うものじゃないから。リラックスして」
「……でもさ、レン。お前って、なんでこんなすごいのに前に出ないんだ?」
「戦うのは疲れるし、目立ちたくないから。あと、昼寝したいから」
「……本物の強さって、案外そういうとこにあるんだな」
珍しくクロエが真面目な声を出したので、ちょっとだけ気恥ずかしかった。
◆ 静寂の夜にて
その晩。
クロエ、フィナ、そして俺の三人は、縁側でお茶を飲んでいた。
「今日のブレンドは、フィナが選んだんだ」
「うん! ラベンダーとミントと、ちょっとだけ金草花を入れたの!」
「おぉ……これはまた……心が溶けるような香りだな……!」
クロエが静かにカップを持ち上げる。
「レン、悪くねぇぞ。この生活」
「そうだろ? 静かで、やさしくて……草とティーと……あと昼寝がある」
「おにいちゃん……クロエさん、ちょっとずつ慣れてきたね」
俺は少し笑いながら、夜空を見上げた。
スローライフに“護衛騎士”が加わって、なんだか生活が一層うるさくなったけれど。
それでもこの日常は――少しずつ、居心地のいいものになっていく。
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