空飛ぶ巨大生物、薬草師は空を見上げた

「――おにいちゃん、ほんとにアレ、知らないの?」


翌朝、畑でミントを摘みながら、フィナが不安げに空を見上げた。


空には、まだ昨夜見た巨大な影がうっすらと残っていた。

黒いシルエットはゆっくりと山の奥へ消えていくが、その存在感は異常だった。


「……たぶん、ドラゴン系だろうな。でもこっちに来ないなら放っておこう。関わりたくないし」


「さすが、おにいちゃん……ぶれないね」


「俺は草とティーと昼寝の味方だからな」


そう言って微笑むと、フィナも小さく笑って頷いた。


が――平穏は、またしても長くは続かなかった。




◆ 王都よりの使者


その日の昼、見知らぬ騎乗馬が村に現れた。

立派な甲冑に身を包んだ騎士数名。中央にいるのは、金の飾り付きの外套を羽織った青年。


「あれ……なんか、まためんどくさい人来た?」


村の広場で話を聞いていたら、案の定だった。


「我らは、王国直属の特務騎士団! “薬草店レン”殿をお迎えに参った!」


「うわ、きた……名指し……!」


「王女殿下の命により、国にて《賢草の儀》を執り行います。そのため、あなたの力を――」


「お断りします!!!」


即答した。


場の空気が一瞬凍りつく。


「わ、我々は丁重にお願いしに……」


「戦う気はないけど、行く気もないです。スローライフしたいんで」


「し、しかし王女殿下直々の――」


「直々でもダメです。ティータイムに命かけてるんで」


そのあとしばらく押し問答が続いたが、最終的に俺が渡した《神眠ポーション》に感動した騎士団長が、


「こ、これを王女様に届けます……!」


と感極まりながら去っていった。


……よし、戦わずして撃退成功。




◆ 龍、現る


その夜。

空から、轟音と振動が村を揺らした。


「お、おにいちゃんっ、これって――!」


「……来たか……マジで」


空を覆うのは、漆黒の翼を持つ巨大なドラゴン――

いや、正確には**“古代種”と呼ばれる存在**だった。


「この土地に……癒しの波動が満ちておる……」


まさかの、しゃべった。


「汝か、この力の源は……?」


俺は畑にミントを植えていたスコップをそっと置いた。


「えーと……まぁ、俺が作ってるティーとか薬草とかが、ちょっと影響してるのかも……?」


「……妾(わらわ)、眠れぬのじゃ。この老いた身体、神託すら届かぬ。だが、この香り……妾を誘う……」


「寝不足のドラゴン……?」


「妾、名を“ヴェル=アルティエナ”。天眠の黒龍と呼ばれておる。……そなたの茶、ひと口所望す」


「は、はぁ……どうぞ……」




◆ 伝説級ティータイム


俺は縁側に布を敷き、フィナと一緒に湯を沸かした。


ラベンダー、ヒスティア草、銀花草、少しのハチミツ。

ゆっくりと魔力を注いで、静かに茶を淹れる。


「……妾の数百年にわたる不眠、解消されるやもしれぬな……」


カップに注がれたその一滴を、黒龍ヴェルは丁寧に舌に乗せた――


「…………」


「……どう?」


「……ふむ……これは…………眠い……」


――そのまま、彼女はドサッと倒れ、その巨大な身体ごと村の端に沈んだ。


「寝た!?」


「え、こんな簡単に!?」


「ぐぅ……すぅ……むにゃ……」


フィナと俺は、月明かりの中でドラゴンの寝息を聞きながら、言葉を失っていた。




◆ 翌朝:新たな看板


翌日。村人たちの間で、ある噂が広がっていた。


「昨日の地響き……あれ、ドラゴンだったらしいぞ!」


「でもさ、“寝て帰った”って何だよ……」


「いや、あそこのハーブ屋の茶がすごいんだって」


そんな声を聞きながら、俺は新しい看板を立てた。




【レンのハーブ店】

~王女の眠気も、ドラゴンの不眠も癒します~





「……目立ちたくないのに、どんどん目立ってる気がする……」


「おにいちゃん……看板、自分で書いてたじゃん……」


「……いや、ついノリで」


今日も俺のスローライフは、予想外の方向に転がっていく。


でも、まぁ。


「……お茶は、ちゃんと美味しいからな」


そんな日々も悪くないか――と思いながら、今日もミントを摘むのだった。

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