人生の答え合わせ

小狸

短編

 僕は人を苛立たせる。


 僕は人の触れられたくないところに踏み込む。


 僕がやろうと思ってしたことは全て上手くいかず、全体にとってはむしろ不利益になる。


 それが、20数年生きてきた僕の、評価である。


 まあ要するに、そこにいて何かしようとするだけで迷惑になる存在、というのが、僕だったという塩梅である。


 そこにいるだけにしておけば良いのに、余計なことをしてしまうのだ。


 余計なこと。


 そのせいで、学生時代の人間関係には本当に苦労したものだった。どうしてだろう。どうして自分がしようとしていることはこうも上手くいかない、どころか全体にとって迷惑となっているのだろうと、煩悶に煩悶を重ねる日々だった。


 否。


 周囲の人々にとっては、そんな僕こそが諸悪の根源であったのだろう。


 誰も言わないだけで、指摘しないだけで、言及しないだけで、存在が迷惑な人間というのは、往々にして存在するのだ。そう、僕のように。



 パズルのピースが上手くはまらないような感覚は、中学時代頃からあった。


 僕はおかしいのではないか、と、何度か両親に問うたことがあったけれど、一蹴されてしまった。

 あなたは健常者なんだから、と。

 

 ちゃんとしなさい、と。


 その時点で、僕は、周囲からの理解というものを放棄した。一番近い両親が理解してくれないのだから、その他の人々が分かってくれるはずがないのだ、と。


 そしてそのまま、膨大な数の人間と組織に迷惑を掛けながら、僕は中学、高校を卒業し、大学生になった。


 大学時代、所属したサークルは、僕のせいで駄目になった。


 僕らが執行学年になった際、新入生の勧誘に失敗し、事実上、一年生は一人も入ってこなかった。


 僕はその時、重要な役職についていた。今から思えば、もはやそれ自体が愚行である。僕のような人間とトップに据えようなどと、愚の骨頂としか言いようがないけれど、それでも、その時の最善は、それしかなかった。


 数年後、僕が卒業した後、新入生の入団はかんばしくなく、結局廃部になったらしい。皆に申し訳がないので、OBとして顔を出すこともできない。


 その辺りで、ようやっと僕は、自分がということに気付いた。


 だが、それはもう遅いも同じである。


 卒業して、就職した。


 僕は教員になった。というのも、両親は教員免許の取得と、教師になる以外の道を、許してくれなかったからである。


 親に言われたから。

 

 そんな動機で教師になった者が毎日充実した生活を送ることができるほどに、教師という仕事は、簡単ではない。


 1年間。


 何も、できなかった。


 何もできないまま、僕は適応障害とパニック障害、その他いくつかの精神疾患を発症し、職を辞すことになった。


 僕はここで初めて、メンタルクリニックに行った。


 それもまた、母が勝手に予約した場所であった。


 いや、そうでもしていなければ、僕は本当に自殺していただろう。


 そして、今日。


 そのメンタルクリニックにて、主治医から推奨された検査の結果が、出たところだった。


 結果は。


 駄目。


 であった。


 低いIQと、コミュニケーション能力を筆頭に地を這っているグラフ、唯一異様な突出を見せた言語理解能力、所見にある、「普通級では、相当な苦労をしたと思われます」という文言、そして、注意欠陥多動性障害という病名を、見た。


 今まで必死に生きてきたつもりだった。


 今まで無理して頑張ってきたつもりだった。


 とっくに限界を迎えていたのだ。


 キャパオーバーだったのだ。


 初めから、できない子、だったのだ。


 人の気持ちが分からなかった。


 空気の読み方が分からなかった。


 その場での当たり前が、分からなかった。


 暗黙のルールが、分からなかった。


 分からない自分は、ずっと駄目なのだと、思ってきた。自分の努力が足りていないから、自分の頑張りが不十分だから、自分の精進の仕方が悪いからだと、そう思って自分を無理矢理鼓舞させて、無理矢理理解した振りをして、無理矢理生きてきた。


 でも、そうではなかった。


 僕は元々、欠けていたのだ。


 医師からの所見を見れば見るほどに、まるで、人生の答え合わせをしているかのようだった。


 一人暮らし先の家に帰って、僕は泣いた。


 悲しかったからでも、嬉しかったからでもない。

 申し訳なかったからである。


 もっと早く分かっていれば。


 周りの皆に、迷惑をかけずに済んだのに。


 僕が、欠けていて、その事実から目を背けていたせいで。

 

 多くの人の人生の、貴重な時間を奪ってしまった。


 それが、申し訳なかった。


 僕のせいだ。


 僕が、生きていたせいだ。


 ごめんなさい。


 そこにいて、ごめんなさい。


 欠けていて、ごめんなさい。


 そう思って、泣いた。


 しかし、過去を悔いても仕方がない。


 涙を拭いた。


 時計を見ると、いつの間にか昼は過ぎていた。

 

 初夏の強い日差しが、カーテンの隙間からあふれてきていた。


 少し遅めの昼食を作ろうと、僕は思った。

 



(「人生の答え合わせ」――了)

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