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 瑶子と同じく怜もまた、孤児であった。養父母はありったけの愛を彼に注いでくれた。生まれつきのあざのために忌み嫌う大人が多い中で、それがどれほど彼の魂に温かい光を投げかけたか知れない。おかげで彼は世をはかなむこともなく、十年あまりの歳月を生きることができた。


 彼らは、元如月村の外れに小さな居を構えて、慎ましく暮らしていた。山の麓にあるそこは「如月硝子」を生産する工房を兼ねていた。怜は大人になった今でもよく憶えている。――養父は硝子玉を削り、宝石に見紛う煌めきを与えていたことを。養母は洋紙に鉛筆で、華やかな意匠の装身具の図を描き出していたことを。二人の周囲にはいつも、作りかけだったり納品前だったりする硝子製品が虹色の光を放っていたことを。――それもそのはず、彼らは如月一と称される職人で、彼らの手になるものは商品としても一流、一級の品。「如月硝子」ブランドそのものの評判を背負って立つ存在といっても、過言でなかった。如月家当主夫婦――露路の父と母――さえも、公式の場には必ず彼らの硝子を身に着けたし、私的な場でも何かしら着けるくらい、この職人夫婦を重用していたのだ。


 なお、怜自身は硝子に手を触れることは一切なかった。父母を強く誇りに思い、また父母の非凡な技術を間近に見ていたために、後を継ぎたいとは夢にも考えられなかったのである。父母もそんな彼の気持ちを尊重してくれた。


 ……彼ら三人の住まいは、かくも眩き幸福に満ち満ちていた。それが突如奪われるなんて想像する余地など、どこにあろうはずもなかった、のだが……。


 その夜、彼ら三人は夕餉の後の団欒を楽しんでいた。そこへ突然、扉を破って大勢の武装した男達がどやどやとなだれ込んできた。怒りよりも驚きで呆然としていた一家に、男達は告げる。


「ダイヤモンドを不正に入手した嫌疑がかかっている。が、嫌疑というより、事実らしいな」


 彼の指は、養父母が丹精込めた如月硝子の装身具の数々を指していた。……やっとのことで、一家の長たる養父が口を開く。


「それはダイヤモンドじゃありませんよ……如月硝子という、特別な硝子でできているのです。如月様のところに納める大切な品なのですから……」


 しかし男達は聞き入れないどころか、罪を認めぬ卑劣な悪党一味の汚名を着せて、一家を縛り上げてしまった。小突かれるまま闇夜の外へ歩かされる三人。その背後で、闖入者が硝子の品々を根こそぎ盗むらしき物音がする。悔しさに唇を噛みしめ、自由にならぬ両の拳を握りしめる怜。ふと、彼の横に立つ父が、そっと身を寄せてくる。


「父さん?」

「持っていろ」


 縛られた手に押しつけられる、小さなごつごつしたもの。掌の中で形を確かめてみて、ああと思い出した。養父が硝子ではなく、珍しく木を彫って作った、薔薇のブローチに違いない……彼はそれを、ズボンのポケットに注意深く滑り込ませた。


 やがて一家は、宝物を奪い尽くした男達に引き具されて、どこかへ連れ去られていった。その後ろでは、住み慣れた工房が煌々と燃えていた。火を放たれたのだ。翌日、住人の方も同じ運命に陥るとは、神ならぬ身の知る由もなかった。

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