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 瑶子の行方不明を知って、露路は見るも哀れなほど落ち込んでしまった。富貴から帰った彼を迎えた従者の怜は、事情を聞いてすぐに捜索を命じた。彼の手配した捜索隊はかなり優秀だったと見えて、十日と経たぬうちに様々な情報を掴んできた。曰く、瑶子の外見に酷似した娘が、もうひとりの娘とともに踊子に扮して、旅を続けている。行き先はどうもこの市の方面らしい。また、もうひとりの娘というのが、露路もよく知る、東風紗百合ではないかとのこと。彼女もまた、少し前から行方不明届けが出されていた。そして、何より気がかりなのが、富貴村と央間村との連名で、瑶子と紗百合の指名手配の指令が出されているという事実。――どうか、彼らより先に自分達の捜索隊が、二人の娘達を発見できるように、と露路も怜も祈らずにはいられなかった。


 その最中、捜索隊が妙なことを聞いたとわざわざ報せてきた。


「……それが、あの大劇場建設の話だったのです。どうも如月家当主の名義のもと挙行されているらしい。元々沼地だったところに突貫工事でもう仕上げにかかっているそうだ……というので、ご主人様はすぐに私を、専門の調査員とともにお遣わしになったのです。いざとなれば、命令で立入禁止の指示を出してもよいと……。しかし、気づくのが些か遅すぎました」

「仕方がないわ、怜さん。あなたや露路さんは、できる限りのことをしたんだって、誰の目にも明らかだわ。寧ろ、今日のうちに気がつけたこと自体奇跡みたいなものよ」


 街道を飛ぶように馳せる自動車。ハンドルを操りながら怜は、これまでのいきさつを車内の二人に打ち明けた。全て話し終えて、今し方見てきた悲劇にまで話題が及ぶ時、彼の声は本当に心苦しそうに響くのだった。紗百合は慰めの言葉を、やはり本心から、彼の背中にかけてやった。


 そう、それは単なる口先だけの慰撫ではなかった。紗百合の紅唇はこれまでになく輝いて見え、ふくよかな頬も、耳たぶまでも、紅に染まっていたのだから。


 惜しむらくは相手が、ハンドルを握っているばかりに、こちらへ顔を振り向けてくれぬことである。


 暫しの沈黙が続いた後、怜はおずおずと尋ねる。


「瑶子様は、先程から一言も口にされませんが、ご気分がお悪いのでございますか」

(まあ、この人は私より、瑶子の方を気にしているんだわ)

「あら、いいえ、ただ先程のお話に驚いて、まだぼんやりしていたんでございますわ。どうぞお気遣いなさいませんように」

(瑶子も瑶子だわよ。黙りこくっていれば心配されるの、当たり前じゃないのさ)


 何がなし苛々してきて、紗百合はその紅唇をとんがらかす。男一人に女二人。どうしたってひとり余る。ああ、なぜこの場に露路がいないのだろう。……と、如月邸で彼らの帰りを待つ露路にまでとばっちりくらわしておいて、はたと思い出し、途端に可笑しくなった。


(嫌アね、露路さんは瑶子をご所望なんだったわ。勝手に嫉妬なんかして、私ったら馬鹿みたい)


 とんがらかした紅唇は、すぐに花びらのごとく綻びた。


 車窓の外の街並みは、次第に近代的な、繁華なものに変わっていく。やがて、紗百合には見慣れた如月邸の門が迫ってきた。


 よく手入れされた敷石道を、速度を落として車は進んでいく。中に座る二人は、息を詰めて手を握り合った。とうとう、来たのだ。旅の目的地として定めて、それ目指して踊子稼業を続けてきた場所。追われる二人には最大の避難所にもなり得るべき場所。即ち、如月邸へ――。

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