第3章 踊子稼業

1

 二人の少女が森を歩き続けて、漸く開けた所に出たのは、昼近くになってからだっただろう。


 そして今、二人の目の前には農村の長閑な景色が、果てしもなく広がっている。


「紗百合、どっちに進むの」

「確か、こっちよ。近くに宿場町があったはず」

「そう。……あら、あれ何かしら」


 瑶子が、一本向こうのあぜ道を指差す。ひなびた田舎には半ば不釣り合いな、けばけばしい原色の衣裳を着けた一行が列をなして歩いているのだった。……紗百合の口元に笑みがこぼれる。


「成程、お誂え向きだわ」

「え?」

「あれはね、巡業の曲馬団。ほら、畳んだ天幕やら奇術の箱やら、荷馬車に満載しているじゃないの。……ほら、私達も行くわよ。いいこと思いついちゃった」


 いい加減足がだるくなっていたけれども、二人は急いでその一行の後を追った。一本向こうの道に渡るには、人ひとりが通れる程度の狭い田んぼ道を突っ切らなくてはならず、その時点で曲馬団一行とは間が空き始めていた。が、先頭の方で積荷が落ちたとかで、まごついた瞬間があったので、二人はその間に最後尾につくことができた。


 息せき切って駆けてきたうら若い娘に、しんがりの中年女が胡散臭そうな一瞥を向ける。すかさず紗百合がしなを作って言う。


「ごめんなさい、私達も別の曲馬団にいたのだけど、はぐれちまったの。あなた方についていけば仲間と会えそうな気がしたのよ」

「ふうん、その豪勢な服で? 随分羽振りのいいドサ回りもあったもんだね」

「ああ、これはね、別の町でお金に困った貴婦人に会った時、うちの座長が買ってあげたものなの。人助けの証ってわけ。一張羅だけど、気に入ったなら格安で譲ってあげる」

「格安? どのくらいさね」


 中年女は明らかに態度を変えて、鼻をうごめかす。


「そうねえ。私と、この子(と瑶子の着物を指して)のを合わせて、定価ならウン百円するところ」

「ウン」

「二円でどう。それから、あなた方のいらない衣裳を二人分つけてちょうだい」

「買いだ! 待っておくれね、今座長に相談してくっからね――」


 かくて中年女は、先頭にいた座長を最後尾まで引っ張ってきて、改めて紗百合と瑶子の衣裳を検分させた。座長も、二人の娘の出自を疑うことすらせず、夜会服にのみ心を奪われている。……まあ、今となっては紗百合達を金持ちの令嬢と見る方が困難かもしれない。二人の顔は、長時間の旅によって土埃に汚されていたので。


「成程、これは素晴らしいものだ。相当いい家の娘さんが没落して、手放したものに相違ないな。街で売ればかなりの額になる。よし、三円出そう。あとは、いらない服を、ってことだが……ヨイショッと、この行李から好きなのを持っていきなさい」

「どうもありがとう。この場で着替えさせてもらうわよ」


 紗百合は迷うことなく、踊子用の衣裳を二人分見つけ出して、一方を瑶子に放った。そして、曲馬団の人々が注視する中で臆面もなく夜会服を脱ぎ、手早く踊子の上着やスカートを身に着けていく。まだもじもじとたゆたう瑶子を人目から庇いつつ、着替えの手伝いをしてやる。瑶子は帯留めにしていたブローチで、ブラウスの首元を留めた。


 二人は瞬く間に、令嬢から、旅の踊子へと変身したのである。


「お嬢ちゃん達、うちの荷車に乗っていきなよ。どうせ同じ方向に行くんだもの」


 夜会服三円也の威力は素晴らしいもので、曲馬団の人々は誰も彼も二人に親切にしてくれる。昨夜からの車の運転と徒歩で休む間もなかった二人には、誠に有難い。


「姿も変わっているし、当分の旅費はできたし、暫くは逃亡生活を続けられそうね」

「ええ」


 荷馬車の荷台に腰かけた二人は、そう囁き交わして、微笑み合った。途端に、疲労と眠気が靄のように立ち込めてきて、二人はどちらからともなく、寄り添い合って眠った。


 田舎のがたがた道の振動が、荷台の二人には、揺りかごのごとく心地よかった。

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