第十五話 横須賀の凪(なぎ)

雪風ら第16駆逐隊は、第18駆逐隊(霞、霰、陽炎、不知火)と共に、神通を旗艦とする第二水雷戦隊の一員として行動していた。

6月13日から15日にかけてトラック泊地に滞在し、わずかな休息と補給を済ませた後、20日から21日にかけて本土へ帰還。

久しぶりに横須賀の岸壁を踏んだ雪風の乗員たちは、海戦の緊張から解き放たれたかのような表情を浮かべていた。


艦は修理整備に入り、溶接音と塗装の匂いが艦内に充満する中、涼介は艦橋の控室に座っていた。

手には茶を湯呑ごと持ったまま、窓の外、ぼんやりと海を眺めている。



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ふと、眼前に広がる碧い湾が、真紅の炎に染まった光景と重なった。


――赤城の炎上。


ミッドウェー沖、濛々と上がる黒煙。艦橋が傾き、艦尾から火柱が天を突くその光景を、雪風は確かに見た。

主力空母が、立て続けに沈んだ。蒼龍、加賀、飛龍、そして赤城――。

日本海軍の命運が、あの数時間で音を立てて崩れたことを、涼介は肌で感じていた。


「航空艦隊がなければ、勝てないぞ、あの国には……」


誰に語るともなく呟いた言葉は、鉄の壁に吸い込まれていった。



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そんな中、雪風には新たな艦長が着任していた。

駆逐艦「白雪」「響」などを渡り歩いた実戦派、菅間良吉中佐である。


菅間は小柄で痩身、年齢の割に若く見える風貌だったが、その眼光は鋼のように鋭かった。

訓示では口数こそ少なかったが、「艦を沈めるな。部下を死なせるな。戦って、生きて帰れ」とはっきり言い切った。



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着任初日の昼、艦橋で涼介と立ち話をした菅間は、こんなことも言った。


「君は操舵か。戦争の中でいちばん『命の行き先』を知る役だな」


「は、恐縮です」


「緊張はするな。ただ、舵を切るたびに、皆の命を背負っているとは思え。それができるやつが、駆逐艦の背骨だ」



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部下の名を覚え、持ち場に顔を出し、声をかける――。

古参水兵のひとりが「雪風は当たり艦長に恵まれてるな」と漏らした。

艦内には、不思議と静かな規律と、柔らかい緊張感が生まれていた。



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涼介は艦尾のタラップに立ち、入港中の赤錆びたドックと遠くに霞む富士の輪郭を眺めながら思った。


赤城が落ち、次は自分たちかもしれない。だが、この艦と、この艦長となら、きっと生き延びられる。

たとえ運命がそれを拒んでも、自分は、舵を離さない。



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