第35話 私立受験
年末が近づいてきたある日のことだった。スマホが鳴ったので確認するとすみれちゃんからのメッセージだった。
『奈々美、ちょっと話したい。時間ある?』
塾もなかったので私はすみれちゃんと夕方に通話することにした。
「あたしさぁ……みんなと一緒の公立、受けようと思ってたんだけどさ、2学期に私立のフランクリス学園を見学に行ってからそこが気になってて」
「フランクリス学園……ちょっと前にできたところだよね。校舎綺麗だった?」
「うん。すごく綺麗だった。あとは吹奏楽部の規模が大きいんだよね」
「そうなんだ」
すみれちゃんは他の女子達と一緒にある公立高校を受けると前から言っていた。みんなと同じところだと安心だからって。
だけどもしかしたら、すみれちゃんも本当にそこで良いのか迷っているのかも。
「一応、フランクリス学園は併願でって言ってたんだけど……専願だったら特進コースも狙えるかもしれない。それだと塾も行かなくていいかもって考えたら、だんだんフランクリスが気になってきちゃった」
「お母さんは何か言ってるの?」
「どっちでもいいんじゃないかって。けどフランクリス学園の設備が新しいからすごく気に入ってた」
すみれちゃんがそう言うなら、私立専願もいいと思う。だけど知っている友達と一緒だといいな、と考えるのもわかる。クラスの女子、みんな仲がいいから。
「私も迷ったことがあったけど……どういう気持ちで、どういう心構えで受験するかだって言われたことがあって」
これは松永先生に言われたことだった。
「私は星山岡なら行きたい、頑張れるって思えるからそこにした。フランクリス学園でもすみれちゃんは新しい友達がいっぱいできそう」
「へへ……そうかな」
「公立高校に行きたい理由って、知っている友達がいる以外にある?」
すみれちゃんはしばらく考えた後に閃いたように言う。
「ないかも。フランクリス学園は綺麗で雰囲気も良くて吹奏楽部の先輩も優しかった。前に奈々美が
「うん……好きなことができるっていうのもいいよね」
「あたし、今までみんなと一緒に楽しんできた感じがあったけど、自分が興味あるから受験するっていう気持ちも大事だよね。吹奏楽部も周りが入るから入ったようなものだっけな。でも今はもうちょっとペット(※)やってみたいし」
(※ トランペットのこと)
「そうなんだ」
私はすみれちゃんの周りにはいつも人が集まっていて羨ましいなって思ったこともあったけど、そういう風にも考えられるんだ。みんなと一緒で楽しいこともあるけれど、自分の考えを持って自分で進学先を決めることで、私たちはこれから前に進んでいくのかな。
「ありがとう奈々美。フランクリスの専願も考えてみる! その前に勉強もしないとね、ごめん時間取ってもらっちゃって」
「ううん、いいよ」
すみれちゃんとの通話を終えて私は思う。
まず受験だって思ってたけど、いつの間にか卒業がすぐそこに来ていることに気づいた。まだ先だと思ってたのに。
何となくじんときてしまったけど、どうにか切り替えて机にテキストを広げ、私は復習を始めた。
※※※
3学期が始まった。1月末には学年末テスト、2月には私立高校の入試。
そういうことで、クラスの緊張感も増してきているような気がする。
「奈々美! あたしフランクリス、特進コースの専願にしたんだ」
すみれちゃんが話してくれた。
「だからうまく行ったらもうすぐ受験が終わる……!」
「それ、いいよね」
「もう少しの辛抱だー!」
すみれちゃん以外にも私立専願の人はそこそこいるみたい。今頃ドキドキしているのだろうか。私も併願で受験するので頑張らないといけないんだけどね。
昼休みに男子達の声が聞こえてきた。
「
「俺もだよ」
「卓球部すごいよな、あそこ」
竹宮くんが志望校を話せたみたいだ。星山岡を目指す人はクラスで5人ぐらい。公立であればこの地域から近い高校に進学する人が多い。
「竹宮くんも星山岡なんだ、へぇ……奈々美、知ってた?」
すみれちゃんに言われてビクッと肩が揺れてしまう。あからさまに反応してしまったので私は正直に話す。
「……知ってたんだ、実は」
「やっぱりね。模試の帰り、そんな雰囲気だったもん。良かったじゃん、奈々美」
「あ……まぁ……そうだね」
すみれちゃんにはそれ以上の話をする勇気はなかった。けれど、受験前の時期にこういった話をしている場合でもない。クラスみんなの表情が徐々に締まった表情になっていくのを見ながら、私もノートやプリントを見直していた。
※※※
学年末テストも終わって、あっという間に私立高校の受験の日がやってきた。
本命の星山岡の前に練習……というのもどうかと思うけど、試験会場の雰囲気を味わっておくのにはちょうどいいのかも。場所は全然違うところだけど。
『みんなで頑張ろうね!』といった女子グループのチャットもあったけど、私はやっぱり竹宮くんのメッセージが忘れられなかった。
『私立、無理せず頑張ろう』
この一言だけなんだけど、私は落ち着くことができる。
いつからだろう――彼のメッセージだけでこんなにも安心できるようになったのは。
※※※
そして私立受験の合格通知も届き、すみれちゃんや私立専願の人たちが皆、無事に合格した。
すみれちゃん達の解放された空気。
本当に羨ましい……。
「おめでとう、すみれちゃん」
「ありがとうー! 奈々美のおかげでここまで来れたから、今度はあたしが応援する番だね。竹宮くんと一緒に合格できますように♪」
「ちょ……ちょっとすみれちゃんたら」
それからは学年末テストの結果を踏まえた内申点を確認し、公立高校の受験に向けて勉強を進めていく。
しかしある日を境に、私は――眠れない夜が続いた。
ベッドに入っても、なかなか寝つけない。目を閉じても心がざわついて、気づけば息が浅くなっている。そして胸のあたりがぎゅっと苦しくなって、涙がにじんできてしまった。
「なんで……こんなに、怖いんだろう」
もし誰かに聞かれたら笑われるかもしれない。でも、こんな夜の静けさの中では、自分の弱さが大きくなっていく。
眠れない夜は、まるで世界に自分だけが取り残されたようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます