第32話 電話

 (松永先生視点)

 放課後の職員室にて、電話が鳴る。

「松永先生、梅野奈々美さんのお母さんからです」


 電話番の先生から子機を渡される。

「はい、松永です」

「松永くん! あ……じゃなくて松永先生、昨日はありがとうございました」


 そう言われる気はしていたので、子機を持ったまま職員室を出る。

「いえ。奈々美さんはいかがですか」

「熱は少し下がってさっきお粥も食べたところ。私のせいだわ……無理させちゃったのかな」

「頑張り屋さんですからね、先輩に似て」


 

 梅野奈々美の母親は――高校時代の先輩である。


 

 自分が1年生の時に彼女は3年生だった。人数の少ない歴史研究部で彼女は部長を務めて張り切っていた。

 あの頃から真面目だったが、どこか突っ走るような性格があり、卒業後は会うこともなかった。


 まさか地元に戻ってくるとは思っていなかったが。


「前も松永くんに言ったっけ。あの子は小さい頃から慎重というか不安になりやすいから……中学生になってしっかりしてきたんだけど、受験となるとやっぱり色々考えていたのかも。私の事もよく見ているのよ。きっと心配かけていたんだわ」


「奈々美さんは一人で頑張ってしまうところはありますね。きっと……先輩の背中を見ていると思います。いつも頑張っている母親のことを」


「そうよね……知らない間にあの子には負担をかけていたのかも」

「そんなことはないと思います。奈々美さんは奈々美さんで、母親を尊敬していると聞いたことがありますので」

「え……そうなの? 今でも?」

 

「はい。だから先輩もご無理なさらずに」

「ありがとう、松永くん……じゃなくて松永先生。ごめん、何回間違うのかしら」

「何かあれば藤井先生から連絡がいくと思いますが、私も奈々美さんのことは見ておきますので」

「助かります……松永先生」


 電話を切り、職員室へ戻る。

 

 

 親子揃って――無理してしまうようだな。



 ※※※



 (奈々美視点)

 学校を欠席して3日目。昨晩熱は下がって今日も大丈夫そうなので明日からは学校に行けそうだ。

 タブレットに届く課題を少しずつ解いていく。最近の私は確かにやり過ぎ感があったかも。体調を崩してしまったら受験を乗り越えられない。


 

 自分に合ったペースでやることがきっと大切なんだよね。


 

 そして午後にスマホが鳴る。竹宮くんだ。


『梅野さん、体調はどう?』


 竹宮くんは毎日連絡をくれる。画面を見ると嬉しくて、体調を崩していたことも忘れるぐらいだ。今日も彼に返信をする。


『ありがとう、もう大丈夫。明日は学校に行けそう』


 するとすぐに彼からメッセージが届いた。


『今日は塾がないんだ。だから、話せない?』


 竹宮くんと……話す……?

 チャットアプリの通話をすること……。

 男の子と通話って初めてなんだけど……。


 声だけを聞いて話すこと、それは学校で話すよりも特別な予感がしてしまう。2人だけでこっそり話すような感じだから。そう、2人だけで……。


 5時に竹宮くんと電話することになった。それまで私はなかなか落ち着かず、彼の青空のアイコンばかり眺めている。


 そうしていたら、ノック1回だけでお母さんがドアを開けてきた。いつも思うけど何というタイミングだろう……実は見られているのかと考えてしまうぐらいだ。

 

「奈々美、私5時からミーティング入るから。晩ご飯冷蔵庫にあるし、お腹空いたら食べてね」

「うん」

「もう体調は大丈夫?」

「うん、平気」

「それは良かったわ」


 はぁ……危なかった。お母さんもミーティングだったらまず入って来ないだろう。竹宮くんと通話ができる。緊張してきちゃうよ。



 そして5時。画面に青空のアイコンが大きく映し出されて着信音が鳴った。思ったより大きい音だったのでお母さんにバレそうな気がしてすぐに通話ボタンをタップする。


「……もしもし」

「あ……梅野さん」


 竹宮くんの声がする。心臓のドキドキはおさまる気配がない。何を話せばいいのかな。というか私の声、あまり可愛いくないとか思われてたらどうしよう。


「体調はもう平気なの?」

「うん……いっぱい寝てた」

「良かったじゃん」


 ああ、私も竹宮くんに何か聞きたいのに……何を聞こうとしたのか忘れちゃったよ。


「梅野さんってさ……志望校は……あ、えーと」

 一瞬だけ、通話の向こうが静かになった。

 

「志望校?」

「あ……例えばなんだけど……野城川のじょうがわとかって視野に入れてるのかなって……最近学校でもずっと勉強してたからさ」


 野城川……それを聞くと私はまた頭が痛くなってきそうだ。私はあの時から、野城川のことも考えていたんだ。


 

 竹宮くんになら……言ってもいいかな。話したい。


 

「……模試で野城川もいけるかもしれないって出てきて」

「そうだったんだ」

「塾の先生にも目指すのはアリだって言われて……」

「へぇ……」

「だけど……」


 野城川のレベルを考えて、不安になってきていつもより無理しちゃったんだ。


「だから梅野さん、あんなに頑張ってたんだ」

「うん。だけど私は正直……不安だったから。もっとやらなきゃって思っちゃって……今からじゃ追いつかないのにね」


 

「……それ、わかるよ」


 

「え……?」


 

 竹宮くんがわかるよって言ってくれた。竹宮くんであれば、どんなに難しいことでも突破しそうなのに。


「僕は……親に言われてたんだけど、長乃嶋ながのしまに行けって。塾の先生もそう。模試だって、学校の成績だってそう言ってたようなものだから」

「……すごい」

「あ……ごめん、自慢みたいになって」

「ううん。竹宮くんなら長乃嶋だってみんな思ってるよ」


「だけど2年の時に星山岡ほしやまおかが卓球部強いって知って、強豪校だったしそこに行きたいって思って」

「そんなに前から……?」

「うん。僕はあの時から1年以上、誰にも言えなくて。やっと今年になって言えたんだ。遅すぎるよな」


 まさか竹宮くんが1年以上前からそんなことを考えていたなんて。みんなから慕われていて何でもできるかっこいい人だって思ってたけれど、悩んでいたんだ……長い間ずっと。


「だからさ、梅野さんも行きたいところを考えたらいいと思うよ。模試もあるけどさ。僕は……何だか心配だったから。最近その……無理してるんじゃないかって」

「竹宮くん……」

「あ、だけど野城川もいい高校だとは思うからその……えーと」


 竹宮くんが言葉を選びながら話してくれているのがわかる。私のためにそこまで考えてくれなくていいのに。だけど嬉しい……私のことを心配してくれたなんて。


 

 胸がいっぱいでぎゅっとなってよくわからないけど、竹宮くんがいてくれて……良かった。

 


「……ありがとう、竹宮くん。おかげで元気出てきた」

「本当?」

「うん。私ももう一度考えてみる。本当に行きたいところ」

「……良かった」


 

 こうして私たちは通話を終えた。

 竹宮くんの声が、まだ耳に残っている。

 私は彼と話せた余韻に浸りつつ、これからのことも考えようと思考を巡らす。


 

 竹宮くんに話したら、何だかすっきりしたような気がする。一人でモヤモヤ考えるんじゃなくて、誰かに話してもいいんだ。竹宮くんは1年以上、きっとつらかっただろうし。


 

 お母さんと話そうかな。

 先生にも聞いてみようかな。

 

 うーん……まずは早く寝ようかな。

 



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