第14話 三者面談②

 (竹宮くん視点)

 三者面談が始まってしまった。結局家で進路の話をすることはなく――毎日暑いとか、選挙がどうとか、当たり障りのない話ばかりの食卓。目に見えない“圧”を感じながらどうにか家で過ごす日々。


 父さんも母さんもあの話題をしない。意図的に避けているのか、もう好きにさせてくれるのか。自分であの時「長乃嶋ながのしまは違う」と言ったはずなのに、受け入れてもらった雰囲気などなく、この家自体が地下にでもずんと沈んだような気さえする。


 こんな気持ちで……三者面談なんて……無理だ。


晴翔はると、三者面談の日、早めてもらったわ。明日の2時45分ね」

「え? ああ、うん」


 来週だと思っていたのに明日?

 きっと母さんも早くどうにかしたいのだろう。というか何かあるなら……先に僕に言ってくれればいいのに。そういう僕もこれまで何も言えない状況が続いていたけれど。



 ※※※



 三者面談当日。

 母さんと僕は暑さの中、どうにか校舎まで歩いて来た。道中では何も話さなかった。日差しが照り付けるのとは対照的に、母さんの中には冷たくて静かな覚悟が見える。先生に何を聞いて何を言うつもりなのだろうか。


 下駄箱でスリッパに履き替えているとそこに、梅野さんがやって来た。気のせいだろうか。また顔が少し赤くなっているような……。


 

「あ……」

「おっ……」

 


 ふと梅野さんと目が合って――思わずそらしてしまった。親の前では何だか照れくさくて。


 それにこれから面談という時に、彼女にどんな顔をしていいのかがわからなかった。

 彼女は面談が終わったところだろうか。


 

「あら竹宮くん! こんにちは」

「こんにちは」


 

 梅野さんのお母さんが笑顔で挨拶してくれて、うちの母さんも軽く挨拶をしていた。


「ちょっとお母さん……何やってるの早く行こうよ」と梅野さんが言い、

「え? 待って待って奈々美ぃー! あ、失礼します!」と慌ててお母さんが彼女の後を追っていた。


 僕は彼女から目が離せなかった。

 彼女らしくて、どこか羨ましくて、うちにはない明るさのある家なんだなって……すぐにわかった。


晴翔はると、行くわよ。こういうのは遅れたら大変なんだから」

 母さんに言われて現実に戻され、僕はついてゆく。

 まだ時間があるなら……梅野さんと少し話したかった。


 いや、何考えてんだ。

 特に話すことなんてないし。



 ※※※



「こんにちは、暑い中ありがとうございます。どうぞおかけください」


 担任の藤井先生に呼ばれて、母さんと僕が教室に入る。

晴翔はるとさんは志望校が長乃嶋ながのしまもしくは野城川のじょうがわで、私立の方は併願でこちらですね」


 変わらない。2年生の頃から言われている志望校と。ちなみに野城川のじょうがわ高校は長乃嶋ながのしまの次に偏差値が高いところだ。


 僕はこのまま……流されるのは絶対に嫌だ。

 言わないと……言わないと……。


「先生、晴翔はるとは1学期の成績がちょっと……微妙でして、内申点と英語の検定でその……長乃嶋高校は行けそうでしょうか?」

「そうですね……検定は少しだけ英語の加点要素にはなりますし……1学期時点ですと……そうですね……」


 藤井先生が「そうですね」を連発している。もう「難しいです」ぐらい言ってくれたらいいのに。母さんは変わらず長乃嶋を希望するんだ。

 わかっていたけど――ほんの少しでいいから、聞いて欲しかったのに。あの時、家を出てまで僕は……主張したつもりだったのに。



 その時だった。

 ドアが開いて――


 

 ぬっと現れてあの低くて大きい声がした。

 

 

「失礼します、藤井先生。これを」

「あ、はい」


 松永が何かの用紙を持って来て藤井先生に渡していた。

 

 そして何故か藤井先生の隣の席に座った。


 

 ???


 

 は? 四者面談?

 母さんの前に藤井先生、僕の前に……松永。


 松永、大きすぎて足が机からはみ出ているし。

 まさか、もしかして……何か言ってくれるのか?


「副担任の松永です」

「はい、お世話になります……あの、晴翔はるとに何か問題でもございましたか?」

「いえ、晴翔はると君はクラスでも皆に慕われていますよ」

「それなら良かったです」


 何しに来たんだ、松永。

 だけど松永が僕を見てくれている――母さんではなくて、僕の方を。顔は怖いけど。

 

 そうだ……あの時、松永には話せたんだ。


『だから、星山岡ほしやまおかに行って……あそこの卓球部に入るんです』


 星山岡高校は、野城川の次ぐらいの偏差値。そこの卓球部はきっと……この地域で一番強いはず。


 松永がいれば……どうにか言えるのだろうか。

 だけどいつ言えばいいんだ……?


「先生、例えば長乃嶋が難しくても野城川であれば確実でしょうか?」

 ああ、すでに母さんが藤井先生に質問をしている。


「そうですね……まぁ今のところは……おそらくは」

 藤井先生としては野城川は確実といったところだろうか。もはや星山岡ほしやまおかの“ほ”の字も出ない。

 

 

 すると、

「少しいいですか」と松永が言う。

晴翔はると君は、どこの高校に行きたいんだ?」


 松永……。

 僕に、聞いてくれた。


「ちょっと待ってください。晴翔はるとは長乃嶋か野城川に……」と母さんが焦っているが、

「ああ、すみませんが生徒全員に聞いていますので」と松永が話す。


 

 じっと僕を見てくれて、頷いている松永。

 いいんだ、本当のことを言っても。



「僕は、星山岡ほしやまおか高校に行きたいです。卓球部が強いので……ずっと前から気になっています」



 言えた。

 母さんと藤井先生の前で。



「ちょ……ちょっと待って星山岡だなんて! ほら、さっき藤井先生もおっしゃっていたでしょう? 下げてもせめて野城川よ、2年生までの点数があるんだから。そうじゃないと後々困るのはあなたよ? 晴翔はると


「母さん……僕、言ったよね? あの時父さんにも……」

「それは……」


「卓球部の顧問からも聞きましたが、晴翔はると君はかなり卓球が上手い、そしてさらに伸び代もあるとのことです」

 松永がそう言う。いつの間に顧問と話したのだろう。


「え……先生、例えばですが卓球がかなり伸びたら、希望する大学に進学しやすいとか……ありますか……?」

「進学の選択肢として今後、幅も広がっていくかもしれませんね。まぁまずは……目の前の高校受験に向けてになるかと」


 驚いた。

 母さんとここまで話せるのか、松永は。


「そういうことなら……晴翔はるとと話します」

「ありがとうございます。すでに大学のことまでお考えとは」

「いえいえそんなこと……偶然何かの雑誌で見ただけですので」


 藤井先生も言う。

「では……星山岡も志望校ということですね。晴翔はるとさんの今の成績であればおそらくは大丈夫かと」

「はい、よろしくお願いします」



 こうして無事に三者面談、じゃなくて四者面談は終わった。

 帰り際に松永がもう一度僕の目を見て頷いてくれる。


 助けられた……松永に。

 良かった。本当に良かった。


 正直父さんに何を言われるかはまだ心配だけど……。

 一歩前に進めたんだ、僕は。

 


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