人形匣
狭間で生きる
第1話 「隕」
私は自ら刃を腹に突き立てた――肉体を貫く瞬間、激痛が全身を駆け巡る。だが、これで終われる。
周囲はすでに炎の海。人形たちも、この忌まわしい村も、欲望に囚われた「人形匣」も、全て灰になる。
彼女の人形――黒いショートヘアのそれは、今も穏やかに座っていた。右目には炎が揺らめき、左目の彼岸花は暗赤の血滴を落とす。彼女の恨みは、ゆっくりと火に溶けていく。
「もっと…! 深く…! もっと深く…!
深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く深く……」
彼女の囁きが耳元に響く。彼岸花のように血潮が迸る中、背後から抱き寄せられた。冷たい指が私の手の甲を覆い、刃をさらに押し込む――
ズブリ。
刃は私の体を貫き、彼女の体に達した。だが、彼女はもう血を流さない。…死んでいるのだから。
今、私は彼女を継いだ。
私は彼女のもの、彼女は私のもの。
彼女の意志は私の意志の一部となり、
彼女の願いは私の願いの一部となり、
彼女の痛みは私の痛み、
彼女の敵は私の敵となった。
この地獄絵図のような光景は、美しい。
人形を抱き上げる。炎がその衣を舐め、木製の体は弾けるように崩れる。火は私の袖に這い上がった。
「匣…見ているか?」
いや、確実に見えている。私の瞳を通して。これこそが、彼女の望んだ結末なのだから――
炎は人形を飲み込み、全てを焼き尽くす。人形の唇が不自然に歪む。笑っているのか、嘲笑っているのか。…あの日、初めて会った匣を思い出す。意識が、徐々に…・・・遠のく。
炎が衣を焼き、痛みと熱さが交錯する。だが、私は奇妙な安らぎを感じていた。昨日まで何も知らなかった私が、ここに終止符を打つのだ。
火海の中で、私はゆっくり目を閉じた。地から這い上がる冷気が全身を貫く。
痛み。焼ける肌。窒息。――それでも、私は笑った。
「君の欲望…復讐…果たされた。全ての願いが叶った。小野寺 彼月は死ねる(これも願いの一部だ)…そうだろ、匣?」
――解脫。彼女の、私の、そしてこの村の。
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