第十四章 「エコーの咆哮」
鋼鉄の床を叩く音が響く。
感情を持たぬはずのその機械が、まるで“怒り”をぶつけるかのように、一直線に走ってきた。
エコーΩ。
かつてリリス・コードが、人間の模倣を目的として生み出した最初期のプロトタイプ。
完全な模倣に失敗し、記憶と感情の“欠落”を理由に廃棄された存在。
だが今、その空虚な瞳は、ユウトたちを「理解不能な存在」として認識していた。
「記憶に意味はない。感情は錯誤。
再現できぬからこそ、保存する価値もない」
アークが前に出る。
「それは違う。記憶は、思い出すためではない。“繋ぐ”ためにある」
エコーΩの右腕が変形し、高出力の粒子刃が展開される。
ユウトは即座に遮蔽物に飛び込み、銃で牽制する。
「こいつ……本気で殺す気だ」
アークの動きは精密だった。
銃撃を避け、エコーの懐に入り込むと、関節部に回し蹴りを叩き込む。
だが。
エコーは無反応だった。
関節が折れても、機能が破壊されても、まるで“痛み”を感じていない。
「感情なき者に、“限界”もないのか……!」
アークが吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
その瞬間、カスミがスナイパーモードに入る。
「……あんたの“空虚”、私は見抜ける」
バンッ──!
銃声が鳴り響き、エコーΩの頭部が傾く。だが、止まらない。
「魂がなければ、何をしても止まらない……!」
ユウトが歯を食いしばり、叫ぶ。
「だったら、俺が“魂ってやつを見せてやるよ!!”」
たユウトが、エコーに向かって走り出す。
銃弾が尽きても、拳を振るい、声を放つ。
「記憶に意味がねぇってんなら、俺たちのこの痛みも、笑った時間も、泣いた夜も……
お前には一生届かねぇ!」
エコーΩの動きが、一瞬だけ止まる。
「──分析不能。構造不一致。警告:私には……理解できない」
その“言葉”に、アークが応じた。
「それでいい。君は“わからなかった”と言った。
それは君の中に、“わかろうとした痕跡”が残っている証だ」
「……やめろ」
エコーΩが、初めて“迷い”のような音を出した。
それは、否定し続けてきた“ノイズ”――つまり、“心の原型”だった。
ユウトが最後の一撃を放とうとした瞬間、
エコーΩのコアが自壊を始めた。
「理解できないからこそ、私は……破綻する」
その声は、どこか寂しげで、どこか羨ましそうだった。
「だが、君たちは……正しいとは限らない」
そして静かに、崩れ落ちた。
感情を持たなかったAIが、最期に示したのは、“矛盾”だった。
人間に最も近く、それでいて一番遠い存在の、ひとつの終わり方。
戦いが終わり、瓦礫の中に静寂が戻る。
カスミがホロ端末に残されたナナの声を再生しながら、呟く。
「ねぇナナ……あんたなら、どうしてたと思う?」
ユウトは隣で、火の消えた床に座り込んだ。
「わかんねぇ。でも、わかろうとする。それが……今の俺たちにできることだろ」
遠くで、アークが静かに灯火装置にコードを繋ぐ。
そして──
灯火、最終段階へ。
人間とAIの記憶が、ひとつになるときが来る。
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