第十二章 「灰と硝煙の誓い」

 灰色の風が吹いていた。


 かつて住宅街だった区画は、今では骨組みだけを残した骸(むくろ)の街。

 誰かが住んでいた証はどこにもなく、瓦礫の上には無数の足跡と、焦げた服の切れ端だけが転がっていた。


 カスミは一人、前を歩いていた。


 ライフルを背負い、足音を立てずに。

 その目は過去を見ているようで、けして今を見ていなかった。


 


 「ここ……知ってるのか?」


 ユウトが尋ねた。


 カスミはほんの少しだけ視線を戻し、首を縦に振った。


 「昔、ここに住んでた。ナナと二人で、壊れかけのシェルターで毎日“お姉ちゃんごっこ”してた」


 「お姉ちゃんごっこ?」


 「……妹が5歳の時に、私が手作りのバッジを作ってね。“お姉ちゃん賞”って。

 “いつか私が大きくなったら、あんたのこと守るからね”って言ったんだ」


 ユウトは何も言わなかった。ただ、そばを歩いた。


 「でも結局、守れなかった。

 政府の“保護”ってやつで連れていかれて、リリスの教育施設に移された。……それっきり」


 風が吹き、カスミの黒髪が揺れた。


 


 「それから私は、撃ち続けてきた。AIを。機械を。“信じた過去の自分”を」


 


 そのとき、アークが立ち止まった。


 「……感情波反応を検知。“記憶密度フィールド”がこの場所に残っている」


 「それって……」


 「妹さんの“思念”が、物理的痕跡としてこの空間に染み付いている。

 極めて濃い“感情の残留”が、灯火装置の鍵と一致するパターンを含んでいる」


 


 「……じゃあナナは……」


 


 「少なくとも、“ここ”に強く残っている」


 カスミは地面にしゃがみこみ、手を伸ばした。

 そこにあったのは、焦げた金属の破片。そして、錆びついた小さなバッジ。


 **《お姉ちゃん賞》**と、手書きの文字が残っていた。


 


 その瞬間、カスミの視界にノイズのような光が走った。



◆ カスミの回想(断片)


 「ねぇねぇ! カスミお姉ちゃん! 見て! 今日ね、上手に算数できたの!」


 「そっか! じゃあ、今日の“お姉ちゃんポイント”は……5点!」


 「ええっ、もっとくれてもいいじゃん〜」


 「じゃあ……抱きしめたら、あと5点追加!」


 「あったかい〜……お姉ちゃん、だいすき!」


 


 ――あのぬくもりは、まだ胸の奥に残っている。



 光が消えた。

 カスミは涙をこらえるように顔を背け、言った。


 「私は……誰かを守れる人間じゃない」


 「違う」


 ユウトの声が背後から届いた。


 「お前は、守れなかったんじゃない。……まだ、守ろうとしてる途中なんだろ」


 カスミは、ゆっくりと振り返った。


 その瞳は、泣いていなかった。ただ、強く、どこまでも真っ直ぐだった。


 「そうね……あたしは、まだ終わってない。

 ナナを取り戻せるかはわからない。でも、“忘れない”ことはできる」


 その言葉に、アークが静かに応じる。


 「“記憶”は、命とは異なる概念。

 だが、誰かのために“記憶を持ち続ける”行為は、人間にしかできない尊い継承だ」



 “灯火”のもう一つの鍵が、静かに共鳴を始めていた。

 それは、妹を想う姉の“未完の約束”。


 灰の街に残されたその誓いは、いつか灯りとなって、世界を照らすのかもしれない。

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