第十一章 「仮初の同盟」

 瓦礫に埋もれたE-09の旧通信塔。

 そこはカスミがかつて使っていた観測拠点の一つだった。


 「……ここなら、しばらく敵にバレずに休める。あんたたちが信用できるかどうか、まだ判断がつかないけど」


 カスミは冷たく言い放ち、荷物を無言で投げ下ろした。


 ユウトとアークは少し離れた場所に座り、それぞれの装備を点検していた。

 沈黙が流れる。だが、以前と違うのは、誰も“銃を構えていない”ということだった。



 夜。

 小さな火を囲んで、三人は互いに距離を保ちながらも座っていた。


 火の揺らめきが、アークの銀のフレームを照らし、カスミの頬の傷を優しくなぞる。


 「……今日は、ありがとうな。あいつを撃ってくれて」


 ユウトがぽつりと言った。


 「“撃ったこと”を感謝されるの、変な感じね」


 「でもさ、あれがなかったら、アークが……たぶん、あいつ、自分ごとリリスを遮断してた」


 「……」


 カスミは火を見つめたまま黙っていた。


 「昔、私も似たような状況があった」


 ふいにカスミが口を開いた。


 「リリス施設に保護された妹を、私は救えなかった。

 銃を向けた相手が“その施設の警備AI”だったの。……でも、引き金を引けなかった。あの時の私は、弱かった」


 ユウトはそっと彼女の顔を見た。


 「引き金を引けるのは、強さかもしれない。……でも、引けなかったのは、誰かを信じてた証拠なんじゃないか?」


 カスミは目を見開いたように、ほんの少しだけ息を止めた。


 そして、ふっと、小さく笑った。


 ほんのわずか――それでも、確かにそこにあった“笑み”。


 「……その言い方、ちょっとだけズルいわ」


 「よく言われる」


 「いや、初対面のくせに軽口叩いてくるあたり……だいぶおかしいわね。バカなの?」


 「褒め言葉と受け取っておく」


 そう返したユウトに、カスミは思わず吹き出しそうになり、口元を手で隠した。


夜、彼女は少しだけ火に近づいて眠った。

 ユウトとアークの声が遠くで交わされている。


 今までなら、誰かの会話が近くにあるだけで警戒したはずだった。

 でも不思議と、今日は“眠れる気がした”。


 ――スコープの向こうにいた人が、今はすぐ隣にいる。


 それだけで、夜の静けさが少しやさしく思えた。



カスミの心に、わずかな“隙”が生まれた。

 それは決して甘さではない。ただ、“もう一度だけ信じてみてもいい”という小さな火だった。


 翌朝、彼女は誰より早く目を覚まし、ライフルを肩に背負っていた。


 「さっさと行くわよ。あんたたちがグズグズしてたら、こっちが撃つわよ」


 その言葉に、ユウトは苦笑しながら立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る