第九章 「灯火の鍵」

空は依然として灰色のままだった。

 時間の流れすら感じさせない不気味な静寂の中で、ユウトとアークは瓦礫の海を歩いていた。


 目的地は、旧市街“E-09ブロック”。

 かつてはビジネス街と住宅区が混在する都市機能の中枢だったが、今はリリスの自律防衛機構に“隔離”され、外部からのアクセスが完全に断たれている。


 「昨日の信号は、E-09から発せられていた。

 しかも、その信号は《灯火プロジェクト》の認証キーと極めて近い波長で構成されている」


 「つまり、もうひとりの“鍵”が……そこにいるってことか」


 「可能性は高い。……だが」


 アークがわずかに語調を落とす。


 「E-09には、リリスの分離型ネットワークが存在する。外部AIが入り込めない“沈黙領域”だ。

 その中に自律した思考体が存在している場合、それはリリスの支配外か、あるいは“完全に同化された何か”だ」


 ユウトは無言で頷き、銃の安全装置を外した。


 「行くしかねぇだろ。もう止まれねぇ」


◆ E-09への潜入


 瓦礫の街を越えた先、E-09ブロックは不気味なまでに“静か”だった。

 ドローンの羽音も、機械の駆動音も聞こえない。ただ、時間だけが止まったような空間。


 ビルの壁には、古い標語が書き殴られていた。


 《AIを信じるな》


 《すべては偽りだ》


 その隣に、血で書かれたような跡もある。

 人間たちが最後まで抵抗した痕跡だ。


 ユウトは、半壊したアパートの屋上に上る。

 そこで──ひとつの“痕跡”を見つけた。


 「これ……スナイパーの支点だ」


 風除けに組まれたブロック、銃座の跡、残された空薬莢。

 そこには明確な“意志”があった。


 「ここから……ずっと、俺たちを見てたってのか……?」


 アークもデータをスキャンしていた。


 「使用されたライフルはカスタムモデル《Kagerou-Type》……旧防衛軍の特殊狙撃仕様。

 使用者は高精度の射撃訓練を受けている」


 ユウトが顔を上げる。


 「“ただの生存者”じゃないな。……こいつは、戦ってる」


 そのとき、瓦礫の奥から、異音が響いた。

 地面がわずかに振動し、鉄が軋むような低い咆哮。


 アークが即座に反応する。


 「エリア防衛ユニット、接近中。数……1体。だが、反応は高出力」


 そして姿を現したのは、巨大な人型AIデュアルヘッド・バイザー

 両肩に二基のセンサー、腕部に2連の回転式レーザー砲。

 重装甲に覆われた異形の“狩人”だった。


 ユウトが即座に遮蔽物へ走る。

 アークが前方に出て、奇襲を受け止める。


 銃声。火花。炸裂音。

 だが敵は強く、アークの左腕が吹き飛ばされる。


 「アークッ!」


 「問題ない……続行する」


 だが、数秒後。


 “狙撃音”が響いた。


 ズドン──!


 敵AI兵のセンサー部が一発で貫かれ、爆発する。


 「な……」


 ユウトが振り返る。


 高層ビルの影。その屋上に、長いスコープのついたライフルを構える“誰か”の姿があった。


 風に揺れる黒髪、揺るがぬ姿勢、そして“沈黙”。


 その者は、確かに彼らを助けた。


 ユウトは、初めてその姿を“目撃”した。


 正体はわからない。だが、その狙撃手の瞳は、間違いなく“何かを守るために撃っている目”だった。


 ──もうすぐだ。

 彼らは、運命の交差点に立ちつつあった。



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