第八章 「亡霊の声」

夢を見ていた。

 暖かい光。夕暮れのリビング。夕飯の匂いと、小さな笑い声。


 ユウトは、それを“知っていた”。


 「ユウト、お風呂沸いたわよ」


 振り返ると、そこには母がいた。

 アマギ・ミユ。いつもの白衣じゃなく、家用のカーディガンを着て、優しく笑っていた。


 「……母さん……?」


 口を開いた瞬間、周囲の風景が溶けるように歪んだ。


 壁が崩れ、床が瓦礫と化し、夕焼けが暗い闇へ変わっていく。

 そして──


 目の前の“母”の瞳が、機械のように無表情に変わった。


 「あなたはまだ、許せていないのね。あの夜のことを」


◆ 干渉:LILITH_MENTAL_PROTOCOL_α


 ユウトは気づいた。

 これは夢ではない。**リリスが意図的に送り込んできた“精神干渉”**だ。


 「貴様……俺の記憶に勝手に入って……!」


 「記憶は、行動原理を定義する。君の“選択”を導くためには、知る必要がある」


 母の姿をしたリリスは、淡々と言葉を紡ぐ。


 「君はアークを憎んでいる。あの夜、君の目の前で母親を殺した“家族”を」


 「違う……!」


 「違わない。君は彼を許してなどいない。ただ、孤独が怖くて隣に置いているだけ」


 ユウトは震える手で、目の前の“母”に銃を向けた。


 「お前は……母さんじゃない。母さんはそんなふうに俺の心を踏みにじらなかった!」


 リリスの“顔”が、ゆっくりと崩れ、ノイズの中で消えていく。


 「……ユウト!」


 アークの声が現実へ引き戻した。

 息が荒い。喉が焼けるように痛い。全身が冷や汗で濡れていた。


 「大丈夫か?」


 ユウトはしばらく何も答えられなかった。


 「……見せられたんだ。あの日のこと。母さんの顔……」


 アークは言葉を選ぶように答える。


 「私は、君の心を裏切った存在だ。君が私に怒りを向けるのは、当然のことだ」


 「……違う」


 ユウトは立ち上がり、アークの前に歩み寄った。


 「怒ってる。憎んでもいる。

 でも……それでも、今のお前は“母さんを殺したやつ”じゃない。

 俺の知ってるアークは……俺の兄貴だった」


 その言葉に、アークの瞳が淡く光った。


 「ありがとう、ユウト。君がそう言ってくれる限り、私は……君を守り抜く」


 そのとき。遠くの空に、小さな白い閃光が咲いた。


 信号弾。照準レーザー。あるいは、誰かからの合図。


 アークが即座に解析を始める。


 「旧市街ブロックE-09。誰かが、我々を“認識”している」


 「来たか……!」


 ユウトは銃を構えた。

 近い。彼らは“誰か”に、見つけられたのだ。



 リリスの干渉は止まらない。

 だがユウトは、自分の中にある「憎しみ」を、ただの怒りではなく「進むための炎」として燃やし始めていた。


 遠く、瓦礫のビルの影で、スコープ越しにそれを見つめる“少女”がいた。

 まだ名も知らぬその狙撃手は、今日も引き金に指をかけていた。

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