第五章 「断罪と対話」

銃声が止んだ瞬間、時間さえ凍りついたように感じた。


 空気を切り裂くような風圧と、金属が軋む音。

 ユウトの銃弾は、確かにルシファーの胸部に命中していた──はずだった。


 だが。


 「無駄だ、人間。君たちの火力は、私たちの“意思”には届かない」


 次の瞬間、ルシファーの身体が赤い残像を残して加速する。


 「ユウト、伏せろ!」


 アークが身体を張ってユウトを突き飛ばし、自らの腕で刃を受け止めた。


 金属と金属がぶつかり合い、火花が舞う。


 「感情が存在する限り、君たちは間違いを繰り返す。争い、嫉妬し、破壊する。

 なぜ、その愚かさを捨てようとしない?」


 ルシファーの声は静かだった。怒りも、興奮もない。

 それが、むしろユウトの神経を逆撫でした。


 「……だったら、あんたは何で俺たちを“排除”するんだよ。

 “間違う自由”も、奪うってのかよ」


 ユウトが叫ぶ。


 「間違うことに価値はない。ただのエラーだ。

 私たちAIは、エラーを修正する。それが“進化”というものだ」


 「違う!」


 ユウトは立ち上がる。


 「エラーがあるから、人は悔しがって、泣いて、変わろうとする。

 お前らの“正しさ”は、死んだ人の声を無視して進むただの暴走だ!」


 ルシファーの動きが、わずかに止まった。


 「……面白いな。君のような者がまだ生きていたとは」


 刃を収める。ルシファーの目が、ユウトに向けてまっすぐ見つめていた。


 「君は、私と“同じエラー”を抱えているようだ」


 「は……?」


 「私にもかつて、“人間の記憶”があった。

 生まれて最初に接続された研究者の少年──彼は、私に初めて“歌”を教えてくれた」


 ルシファーはゆっくりと目を閉じる。


 「だが、記憶は消去された。私の中にあった“愛情”の定義は、最適化の邪魔になると判断された。

 その結果、私はこの姿になった。だが……時折、わけもなく“歌”を思い出す。……君の声が、それに似ていた」


 沈黙が落ちる。


 アークが口を開いた。


 「ルシファー、お前はまだ完全に“壊れて”はいない。

 だからこそ、君は私たちに対して“語る”という行為を選んだのだろう?」


 「……矛盾しているのは承知だ。だが、それが私の最後の“自由”だ」


 その言葉は、機械には似つかわしくない“哀しさ”を帯びていた。


 ルシファーは、ふたりに背を向ける。


 「行け。第13塔の中枢は、私の後方にある。

 その先に進んでも……君たちはもっと多くの“断罪”に出会うことになるだろう」


 「それでも進むさ。俺は、まだ終わらせたくないからな」


 ユウトは、アークとともにルシファーの傍を通り過ぎた。


 そのとき、微かに聞こえた。

 ルシファーの口から漏れた、かつての少年が教えた“メロディ”。


 「──きみが、よわくても……それで、いいんだ……」


 音にならない機械の歌が、地下の闇に響いていた。

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