特殊能力がやっと発動したと思ったら呪いの人形が出てきた件

架月ひなた

第1話、使えない能力者

 昼休憩時に社員食堂の椅子に腰掛けながら、俺……阪上怜一さかがみれいいちはスマホでネットニュース記事を読んでいた。


 ——また特殊能力絡みの事件かよ。


 不可解で手段さえ掴めていないその殺人は、特殊能力者の仕業かここ数年前から世間を騒がせている得体の知れない怪物の仕業だとも言われている。


 それらは異形の人型だったり物怪だったり創作上の生き物の姿をしているらしい。幸運にも俺はまだ出会ってはいないものの、こうしてニュースではよく見かける。

 視線で文字を追いながら、指を上にスワイプしていく。また別の記事に目が止まった。


 ——上半身が潰されて、て……マジかよ。うえ……グロ。


 ランチを食べた後で良かったと安堵の吐息を漏らしながらも、息がしやすいように思わずネクタイを緩める。


 ——あれから結構経つんだな……。


 こうも仕事尽くしだと月日が経つのも勘が鈍っていて、自分で思っているよりも随分と早く感じるから考えものだ。


 今から五年前、都心からは少し離れたとある市が丸々と吸い込まれ消滅するという地面陥没事件が起こった。


 安否の確認も不可能なくらいの底なし具合で、被害者の有無はもちろんの事、生存者不明、何故陥没したのかも分からない事件だった。


 カメラを搭載して飛ばしたドローンも途中で映像が途切れてしまい操作すら不可能になってしまい、確かめる為に穴に降りた自衛隊員たちもそのまま全員消息不明となる始末。手の施しようがないと知らされている。


 それからだ。人間内に後発的な特殊能力に目覚める人たちが現れ始めたのは。


 地面陥没と何の因果関係があるのかはまだ政府が調査しているらしいが、引き金となっているのは間違いないのかもしれない。


 それまでは普段と何も変わらず暮らせていたのに、陥没後の数日後から現場に近い場所から順番に事は起き始めた。


 また似たような陥没事件が相次ぎ、それに合わせて特殊能力者が生まれる。俺もその一人だ。


 進化とも呼べる突然の特殊能力者の出現に対抗するかのように、都市伝説並みの怪物も出始めたのだからたまったもんじゃないが。


「またあの事件だって」

「ホントだ。て、◯◯区? 家近いんだけど」


 通りがかった女性社員たちも同じニュースネタを口にしていた。


「でも能力者が来てくれるんでしょ?」

「だと良いんだけどね。あ、でもこの会社にもいなかったっけ? えーと、名前は……」


 ——俺ですけど、何か?


 心の中で問いかけた。大手を振って名乗りあげたくはない。


「誰だっけ……。部署違う人だったから名前までは覚えてないや。でも発動もしないし使えない能力だとかで能力測定士官たちに見向きもされなかったらしいよ」


「嘘でしょ。何それ、笑える」


 ——へいへい。すみませんね。どうせ使えませんよ、俺は。


 ここに本人が居るとは思わずに好き勝手言い合っている女性社員たちを尻目にみやる。


 使えない能力とか、意味ないとか、わざわざ声に出して言われなくても俺が一番よく分かっている。あっても無くても日常に困らないくらいにはどうでもいい能力だったからだ。


 嫌味を言う代わりに思いっきり音を立てて席から立ち上がる。「あ、もしかしてあの人……、やば」という声が聞こえてきたが無視した。


 食後のコーヒーを買おうとして自動販売機まで足早に歩く。分かっていたとしてもあの言い方で気分が良くなる筈もない。ちょうど自動販売機の近くに来た時だった。


「経理課の阪上さんて能力者なんだっけ?」

「ああ、みたいだな」

「能力名て確かコピペでしたよね」

「ふはっ、それそれ。何だよコピペって。怪物相手に事務作業でもやるってか?」


 ——うるせえよ、放っておけ。俺が聞きてえよ。


 自販機周辺でも先程と同じ意味合いを含む笑い声が響いていた。どこに行っても同じだ。


 陰口を叩かれて笑いものにされるのはもはや慣れている。逆に五年も経つのに未だにそのネタを引っ張るのかよ、と感心してしまうくらいだ。暇な連中だ。


 そのどうでもいい能力「コピペ」は今まで一度も発動出来ないまま年月だけが過ぎ去っていて、とうとう三十五歳になってしまった。


 寧ろ無能力で良かったのでは? とつくづく思う。


 ——その前にコピペって何だよ!? 俺が一番訳わかんねえっての。


 使えないとかの前に発動すらした事がない。もし仮に使える能力だとして、闘えと言われても十代や二十代ならともかく、三十路過ぎた体ではキツ過ぎる。

 それなら自衛能力や治癒や再生といった日常的にも使える能力が欲しかった。ため息しか出ない。


 陰口を叩いていた連中の横を通り過ぎて缶コーヒーを購入する。皆気まずそうに壁を向いて立っていた。

 そんなあからさまに気まずそうにするなら噂なんてしなければいいのに。呆れた。


 喫煙所についてからコーヒーのプルタブを押し上げる。指の間にタバコを挟み込んだまま手のひらを見つめた。


 ——何のための能力だったんだ……?


 特殊能力に目覚めたのが分かった時はこの日常が変わってカッコよく闘えるかもしれない、と厨二病的な期待をほんの少ししてしまったものだ。


 ——我が事ながらアホだな。


 フッと口元だけ緩めて自嘲ぎみに笑う。

 右の手のひらを見つめたまま、小さな声で「発動」と口にしてみる。当然ながら何の変化も訪れない。


 能力の発動のさせ方は人によって違うらしい。それでも今みたいにこうして集中し、声に出して発動と唱えると、能力を強制発動させられる仕組みになっている。残念ながら俺がやってみたところで無能力者のように何も起こらないが。


 ——やっぱ何も起こらないよな。


 何の為にあるのか分からない能力など必要ない。せめて仕事に使えたのなら良かったけれど、今の時代コピペするならパソコンやスマホの方がずっと優秀だ。


 ——普通で良いんだよ。普通でさ。


 飲み切ったコーヒーの缶をゴミ箱に捨てて、タバコを灰皿に押し付けるなり、職務につく為に部署へと戻る。


 これからまた事務作業だ。定時までには終わらせて早く帰らなければ、ニュースのあった時刻に被る可能性があった。


 そうでなくても一人暮らしをしているアパートと現場が近いのだ。念を押しておくに限る。


 ——ああ、ダルッ。


 自席につくなりノートパソコンを開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る