夏をかぞえる
紫陽花
浩子・43歳
荒れに荒れている。もう分かったから、と諫める母の声は諦めの色を濃くしている。そのうち何も話せなくなってしまうのではないか。紺屋貴志はしょうもないことを心配していた。我が子のことなら全力で向き合う母に助けられたことは多いが、それこそ全力でアホな我が子に向き合ってしまうため、子供と一緒に奈落の底におちたり、現実に打ち込まれた爆弾に被弾したり、散々な目に遭ってきた人だ。古希が近いのだからアホな娘など放置し、趣味の刺繡や書道に勤しめばよいものを。今日もどうせ、いつものアレだろ。口に出したら照準がこちらに向けられるからと、貴志は決して言葉にしないが、四十路過ぎた姉の無様さを見るにつけ、いつこいつと決別すべきかと考えあぐねる。
「仕事だってしてるのに!貯金だってあるのに!!」
あー、やっぱり。いつものアレだ。何度言っても聞く耳持たないのは自分なんだから、家族に八つ当たりすんの止めろっての。そろそろ母を助けんと、貴志は重い腰を上げた。
「あ、貴志」
2週間ぶりに見る姉はいつもより濃い化粧を施し、いつもより派手な服に身を包んでいる。というより身を押し込めている。はち切れんばかりだ、ショッキングピンクのツーピース。
「おう、お疲れ」
貴志は軽く言い、姉の前に腰掛ける。食卓のテーブルは子供の頃、家族で囲んだそれがそのまま使われている。あちこち欠け、ヒビが入っているので母手作りのテーブルクロスが掛けられている。椅子は四脚ともボロボロになったので父が買い替えた。座り心地がいいと母はかなり気に入っている。そんな母の憩の時間を姉はむざむざ無に帰さんとする。相手が何をしていて何を感がているのか、そういう初歩的な配慮さえ姉は苦手としていた。紺屋浩子43歳。こいつが生まれて44回目の夏が来ようとしている。
夏をかぞえる 紫陽花 @umemomosakura333
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