アセビの花を噛む頃に

やわら

第1話

余命幾許もない身の上になってしまったので、僕は先生の云った通りに記録をつけることにいたしました。

(紙は涙で滲んでおり、所々歪んだ筆跡になっている。)


―――――アルノルド・ヴァイツェンの手記より


 



 

 人間に「死」と云う物が無くなって久しい。

 子どもは女性の腹ではなく、予め精子と卵子と若い体から採取し保存、然るべき時期に円柱の培養筒を用いて作るのが主流になった。

 カプセル内で受精し、赤子まで成長した子どもは外に出されると生身の体で暫く過ごし、十五歳で第一次機械置換、十八歳で第二次機械置換が行われ、永遠の命を得ることになる。

ほとんどの人類は機械化を終え、多少のメンテナンスのみで悠久の時を生きるようになった人々は生殖することを辞め、子どもをもうけることは稀になった。


 そんな中、レイラ・アルシェは生身の母と父の間に生まれた子どもだった。栗色の髪に淡い琥珀色の瞳を持った優しい母と、黒とした髪と蒼い瞳を持つ陽気な父。だが、機械置換を拒んだ両親はかつて医師がいた頃は簡単に治っていた病気であっけなく、レイラが十歳になる前に死んだ。

 

小さくなってちっぽけな箱に納められた両親を、黒い服を身にまとったレイラは只々眺めていた。

穏やかな風がレイラの亜麻色の髪を弄ぶ。母の瞳のような太陽は寄り添うように、柔らかな光を放っていた。

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アセビの花を噛む頃に やわら @yawarawara

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