第4話 ある日の帰り道。

細くて少し薄暗い路地を抜けた先で、ふと足が止まった。

古びた雑貨屋に挟まれるように、ひっそりとたたずむコスプレショップがあった。


ショーウィンドウの中、鮮やかなウィッグの隣に並んでいたのは、

白いレースのワンピースと、淡い水色のリボン。


最終巻で愛理が着ていた制服に、よく似ていた。

完璧なレプリカではない。

それでも私にとっては、今までで一番「愛理に近い」ものだった。


値札には、15,000円。


制服の袖が少し濡れているのに気づきながら、

私はその場から動けなかった。

胸の奥が、かすかにざわついていた。


「……私には無理だよ」


そんな言葉が、自然に浮かんでくる。

肌も、スタイルも、自信なんて一度もなかったから。


でも――

『風の庭』を読んでから、心の中に芽生えた想いがあった。


「もし、私が愛理になれたなら」

「そしたら、少しは自分のことも、好きになれるのかもしれない」


そう思うようになっていた。


私はスマホを取り出し、PixPostで「A」さんの愛理コス写真を検索する。

柔らかな光の中、そっと微笑む姿。

誰のまねでもない、けれど確かに「愛理がそこにいた」。


心の奥で、ふいに小さな声が聞こえた。


――やってみたい。


たった一度でもいいから。


【注釈】

コスプレショップ:コスチュームプレイの略で、アニメやゲームなどのキャラクターの衣装を着て楽しむ趣味のための店。日本のサブカルチャーの一部として世界的に有名。


ウィッグ:かつらのこと。髪型や色を変えるために使う。


レースのワンピース:繊細なレース素材のワンピース。フェミニンでかわいらしい印象。


最終巻:物語の最後の巻。ここでは「風の庭」というライトノベルの最後の巻に登場するキャラクターの制服のこと。


レプリカ:原本を忠実に模倣したもの。完璧な複製品のこと。


15,000円:日本円で約1万5千円。コスプレ衣装としては一般的な価格帯の一つ。


PixPost:この作品内で使われている架空のSNSアプリ。実際には、写真や投稿を共有するSNSをモデルにしている。TwitterやInstagramのようなイメージ。


「A」さん:匿名の人気コスプレイヤー。実在する有名人を避けるための表現。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る