第57話 銀狼の狩り 下
ライナスに詰め寄られてアリアドネは言葉に詰まる。その上、彼女の手はライナスにしっかりと握られているので身動きが取れない。
(もしや、退路を断つために・・・。――――うううん、気のせいだわ。ライナス殿下はご自分の立場を差し置いて、私のことを心配して下さるようなお方だもの。失礼なことを考えたらダメ)
アリアドネはまだライナスのことをとても優しい人だと信じている。
だが、本当の彼は帝国軍事のトップで、狼皇子という二つ名も持っている強者だ。目的を達成するためにはどんな手でも使うし、勿論、嘘も吐く・・・。
「まだ決断出来ないのか?」
「----使用人の私には恐れ多いご提案ですので・・・」
「『嘘でも君の婚約者になれるのなら、私は嬉しい』という愛の言葉も、簡単に聞き流されたか・・・」
ライナスは小声でボヤく。
「え?」
「いや、こちらの話だ。アリア、君はだだの使用人ではなく、ブリシア公爵家の孫娘だろう。謙遜しすぎなのではないか」
「いいえ、まだ私は祖父母から許可を得ていませんので、孫娘と名乗ることは出来ません」
(以前、ブリシア公爵家の者ですと勝手に名乗って、物凄く後悔したもの。同じ過ちは二度と繰り返さないわ)
「ライナス殿下、一つお伺いしても?」
「何だ」
「正式な婚約者がいらっしゃるのでは?」
彼女は勇気を出して聞いてみた。
「アリア、今も昔も私に正式な婚約者がいたことなど一度もない。大体、婚約者がいたら、こんな作戦を提案したりしない」
ライナスは口を尖らせ、不機嫌を装う。本当は過去に複数回、婚約者候補(他国の姫)へ酷い対応をして縁談をダメにしたことがあるのだが、彼はその話をアリアドネへするつもりはない。
(婚約者がいないというのは間違いなさそうね。だけど・・・)
「ライナス殿下、作戦だとしても、私なんかを軽々しく婚約者にしていいのですか?」
「軽々しく・・・」
(あわわっ、地を這うような低い声・・・)
「私はアリアのことを好きだから全力で守りたいと思っている。それを軽々しいというのか?」
「いえ、私の失言でした」
「私の本気が君には全く伝わっていないようだ」
「そういうわけでは・・・」
「作戦の話は撤回する」
「----はい」
(ああああ~、どうしよう!?余計なことを言って、ライナス殿下を怒らせてしまったわ!!)
ひととき沈黙を経て、口火を切ったのはライナスだった。
「アリアドネ・クロ―シェ!」
「はい!」
「そなたにドラクロア帝国の皇太子として命じる。私の妃になれ」
「!!!!」
「これは命令だ」
彼は有無を言わせない覇気を放つ。
「は、はい・・・。謹んでお受けいたします」
アリアドネは慌ててその場で膝を付き、礼の姿勢を取る。
(私がいつまでも決断しないから、命令に切り替えて下さったのね。ライナス殿下、本当にありがとうございます)
「(命令して従わせるのは最終手段だったのだが・・・。想像していたよりも、アリアが手強かった。銀狼の狩りとしてはギリギリ及第、いや、落第だな。----情け無い)」
ライナスは俯いている彼女の後頭部を見つめて、苦笑いを浮かべた。
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