第5-1話 疑惑 上

「――――悪いが、もう一度、言ってくれないか?」


 ライナスは侍女頭メリルに聞き返す。


「な、何度でも言います!アリア様の背中にムチで打たれた痕があったのです。それも、古いものから新しいものまで、沢山・・・」


 メリルの声は怒りで震えている。目じりには涙が浮かんでいて、今にも決壊しそうだった。


――――彼女はアリアドネの入浴を手伝った際に気になったことがあると、ライナスへ報告しに来たのである。


「何故・・・」


「ライナス殿下、アリア様は森の中に逃げ込んだのではないでしょうか?」


「――――逃げ込んだ!?」


 ライナスは驚いて目を見開く。今の今まで、アリアドネのことをただの迷子だと思っていたからだ。


(まさか、彼女の背中にムチの傷があるなんて・・・)


 ライナスは言葉を失う。


――――室内がしんと静まり返る。


 沈黙に耐え切れなくなったメリルは頭を下げてお詫びを口にした。


「すみません。出過ぎたことを申し上げました」


「いや、――――確かに逃げて来た可能性もあるだろう・・・」


 ライナスは安易に『家へ送る』と、彼女に約束してしまったことを後悔する。


 もう少し彼女の話を聞くべきだった。


 もし逃げて来たのなら『家に送る』は、一番してはいけないことだ。


 最悪の場合、これまでより、もっとひどい折檻を受けるかもしれない・・・。


 それに『犯人は親なのか?他の者なのか?』ということも気になる。


「隣国のブリシア公爵家を調べよう。アリアを送り届けるのはその後だ!」


「はい、ありがとうございます」


 メリルは、やっと笑顔を見せた。


 美しい娘に似つかわしくない酷い傷を目の当たりにし、絶対にライナスを説得して、アリアドネを保護しなければと気を張っていたのである。


「メリル、教えてくれてありがとう」


「いいえ、こちらこそお話を聞いて下さり、ありがとうございました」


 一礼し、部屋を出て行くメリルを見送ったあと、ライナスは同室で気配を殺して仕事をしている側近、アシュレイの方へ視線を向けた。


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