第2話
悩みに悩みたどり着いたのは土魔法で土を均すように削れた氷を均して、水魔法で濡らして凍らせるという方法でした。
さらに、風魔法もあるとより平らになるのではないか?
どうだ! これで正解じゃない? といい考えが浮かんだと思ったのは学園に入学してからでした。
私には土魔法と風魔法の適正がないので、協力者を探しました。
全く使えないことはないけれど生活がちょっと便利になる程度しか使えないので、とてもじゃないけれどスケートリンク程のものをどうにかできません。
学園で知り会ったワンド王国の南に領地を持つオキーフ伯爵家令息のイーサン・オキーフ様が協力者になってくれました。
イーサン様は土属性と風属性に適性があり、ご出身が南の地方なので北の辺境の雪と氷に閉ざされる冬や氷の上を滑るスケートに興味を持っていただき、快く協力してくれることになりました。
学園では魔法を使い小さな水場やバケツの水で滑らかな氷の作成の研究。
冬期休暇中は実際に我がホプキンズ家の領地に滞在していただき大掛かりな実験と研究を致しました。
イーサン様と私は、お互い伯爵家の三男と三女で境遇も少し似ていたり、研究を通じてよく一緒にいたので軽口をたたける気安い仲になりました。
年頃の若い男女が膝突き合わせてよく行動を共にし、研究に勤しんでいたらなにがしかの感情が芽生えたり……はしませんでした。
私の中にある育ててはいけない気持ちにそっと蓋をして。
イーサン様は婚約者に一途な方で、私もイーサン様の婚約者の方が不安にならないようによくよく気を付けました。
婚約者様はとても良い方で私たちの研究に理解を示してくださり、何度目かのイーサン様の我が家の領地滞在にも一緒に来てくださって、実際に領民の子供たちがフィギュアスケートを滑るところをご覧になり目を輝かせていらっしゃいました。
「これは流行ります!」と。
学園を卒業する前になんとか納得のいく滑らかなリンクが安定して作れるようになり王都でのお披露目を考えていたら、なんと王家からのご依頼でお城の大広間にリンクを作り夜会を盛り上げよとのお達しです。
当日は伯爵令嬢の私も滑りますが、メインになるのは爵位を持たない平民の子供たちです。あとは若い騎士様。
事前に不敬を問われないように、爵位を持たない子供たちが御前をにぎわせることを契約書にしてもらって子供たちの親御さんたちになんとか安心してもらいました。本当に安心できたのかはあやしいですが。
いよいよ夜会の日。
大広間に私とイーサン様の魔法でスケートリンクを作り出します。
緊張でガクブルの子供たちの前に、同じく緊張でガクブルの私がまずは滑ります。
楽団による生演奏に合わせての演技。
身体強化魔法を使って3回転ジャンプも軽々こなす。
一曲滑り終えた後のシンとした大広間。
少し遅れて拍手喝采。
私はやり遂げた!
そこからは子供たちによる軽やかで可愛らしい演技。
若い騎士様による力強い演技。
もともと身体能力が高い人が魔法でさらに強化したらどうなる? こうなる、とばかりに5回転6回転などの前世では考えられないようなすごいジャンプや連続ジャンプを軽々こなし見ごたえのある演技がつづきました。
魔法を使った幻影の花びらが降ったり光のシャワーなど、華やかな演出にも歓声が上がります。
観客の貴族たちからの拍手喝采雨あられ。
特に王妃様がフィギュアスケートをたいそう気にいられて大喜び。
王妃様を溺愛している王様もニッコリです。
この日を皮切りにフィギュアスケート及びスケートが大流行しました。
目で見て楽しいフィギュアスケート。
実際に滑っても楽しい。
そして、スケートは軍備にも役立つ。
様々な有用性や功績、そして王妃様がたいそう気に入ったからでしょうか、なんと私とイーサン様は男爵位と領地を賜ることになりました。
学園卒業前に内々に打診を受け、卒業と同時に叙爵。
私はフィギュア女男爵。
イーサン様はスケート男爵。
女男爵。女なの? 男なの? ややこしい、なんて思ったりもしましたが、自分だけの爵位はすごく嬉しい。
ものすごぉぉぉく嬉しいです。伯爵家の三女なのでいずれどこかに嫁がなければという問題が解消されてホッとしました。
前世の記憶の結婚観と今世の貴族の結婚観の食い違いに悩んでいたので。よかったよかった。
イーサン様も結婚の前に爵位と領地を得たので、婚約者様に苦労を掛けずに済むと喜んでいました。
新しく賜った領地に向かうイーサン様と固い握手を交わしてお別れをしました。
私はしばらく王都に残って、フィギュアスケートの指導者の育成をします。
新しくプロスケーターという職業ができたものの、まだ指導者が少ないので。
大人のためのフィギュアスケート初心者コースを数度通っただけの素人の私が、指導者の指導をするとはこれいかにという感じなのですが。
指導者の指導を終えて、新しく賜った領地で私はフィギュア女男爵として領民にスケートを広めるのでした。
生涯結婚をせずすべてをスケートに捧げ、妹の子供を養子にして後継者とし、領民とすべてのスケートを愛する人たちに慕われつつ……
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「王妃様、私の知らない未来が書かれているのですが」
取材を受けて書かれた私の自叙伝の原稿を手に、クスクス笑っている王妃様をジトリと睨む。
「最後はちょっとしたお茶目よ。でも、だいたいあっていたでしょ?」
人払いをした王妃様の私室で、少しお行儀の悪い姿勢で長椅子に座った王妃様が笑っている。
私も「もう」とお行儀悪く子供の様に頬を膨らませて笑う。
フィギュアスケートのお披露目から王妃様に気に入られて、恐れ多いことに二人きりの時にはこうして気安い会話ができる友人となったのだ。
王妃様と楽しくおしゃべりしながら、原稿の直してもらう部分にチェックを入れる。
『私の中にある育ててはいけない気持ちにそっと蓋をして。』の一文は、イーサン様にご迷惑がかかるし奥様も気にされるでしょうから、絶対に削ってもらわなければと念入りに線を引いた。
辞去する時間になり
「未来はまだわかりませんからね」と笑顔で告げれば、
「期待してる」と王妃様は微笑まれました。
帰りの馬車の中で目を瞑り、自叙伝の原稿を思い出す。
王妃様は鋭くていらっしゃる。
削ってもらうために線を引いた一文。
あの時芽生えかけて蓋をした感情は生涯の秘密。誰にも知られてはいけない。
王妃様のお茶目な未来予想のように、私は生涯スケートに携わりたいと考えている。
結婚に関しては焦らないけれど、全てをあきらめるほど枯れてもいない。
「未来の自分に期待」と独り言ちた。
私はまだ知らない。
それからほどなくして、王妃様の紹介でお見合いをすることを。
異世界でフィギュアスケートを流行らせてみた @159roman
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