おばちゃん聖女異世界を行く

小野紅白

第1話 おばちゃん聖女、爆誕


──天つ空の御光 真の魂を映し 御心にかなふ者を導かん

いにしへの契り 今ここに結ばれ 光 ただ御定めのままに──


 神殿の頂部。四方を囲む荘厳な石柱と、かつての神像が立ち並ぶ屋上庭園のような場所。

そこに響く祝詞の声。

篝火が揺らぎ、魔法陣の中心が淡く光を帯びる。


 まるで空間そのものが震えるように、空気が歪んだ──


 閃光とともに、召喚陣にひとりの人物が現れる。


「……あれ? え? なに? えらいまぶしい思たら……あれ、うちの自転車どこ行ったん?乗るとこやったのに、もしかして泥棒か?!」


 ──現れたのは、傘をさして花柄のレインコートを羽織った関西のおばちゃん。

 派手な虎の顔がプリントされたチュニックに、手には蛍光色のエコバック。ちなみに中身は醤油とネギ。豆腐と補充用の飴ちゃん。

斜めがけのショルダーバッグは友達の千恵子が作ったパッチワークの手作りバッグだ。


「……魔力反応が……最大値です……!」

「やっと……やっと現れた……!」

「導かれし聖女……!」


「え!? なんなん!? なんか始まってる!?!? え、ここどこ!?」


 空が震える。

 雲ひとつなかったところへ、突如として雷雲が広がる。


ゴゴゴゴゴ……


 ──そして、天を裂くように落ちる一条の金雷。


「ちょ、ちょっと!? 怖!怖いて!!あーうるさ!!!!」


雷に身をすくめるおばちゃんのさしている傘が、避雷針のように雷の軌道を受け止める。

 

ピシャアアアアァァァン!!!


神殿がまばゆい光に包まれた瞬間、

おばちゃんの傘に雷が直撃

──そして、


弾かれる。


 逸れた雷は神殿の柱に激突、爆音とともに石像を黒く焦がす。


「い、生きて……!」

「あの光を退けた……だと……!」

「これは……御心の証……真なる聖女のお姿……!」 


その瞬間、空が再びうねった。黒雲が巻き戻すように濃くなる。


ゴロロロロ……バチィ――ッ!


二発目の雷が、和代めがけて直撃。


「ちょい待ちっ、もう一回!? もうええって!!」


再び傘をかざす和代。


雷光、衝突。

2度目も弾き飛ばす。焦げた石像はさらに雷光を喰らい、ボロボロと崩れ落ちる。


空は静まり返る。

黒焦げの石像を見つめながら、和代は叫んだ。


「いやいやいやいやいや!?!? なんや今の!? 死ぬか思たやろ!?!?」


 そのとき──彼女が着ているチュニックが、ふわりと揺れる。


「……ぬし、まことに此処へ呼ばれし者か……」


 布の中から、低く、威厳ある声が響いた。


「え、えっ!? ちょ、待って、しゃべった!? 虎が!? チュニックの虎が!?!?」


 神官たちはひれ伏し、歓喜に打ち震えている。


「奇跡……」

「やっと……やっと導かれた聖女が……!」

「この国は救われる……!」


「ふへぇーーーっ!なんや知らんけど、これ、帰れるんやろうなあ?!」


傘をさし、

Everyday is special.[訳:毎日がスペシャル]

と書かれたエコバックを握りしめて和代は立ちすくむ。


──聖女召喚、百十五度目の奇跡。白き虎を宿せし本物の聖女──


しかし彼女は、関西のスーパー帰りのおばちゃんだった。


「なんかしらんけど、そろそろ茶ぁでもしばかせてぇなぁ…!」

[訳:この世界の理不尽を受け止める為に、まず一杯のお茶を飲ませて下さい。]

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