早朝、理科室で目を覚ます。

「おはよう、おはよ…………。」

ゆっくりと身体を起こし、とぼとぼと準備室へと歩いていく。

調子を整えているところは見られたくない。だから登校の時間になるまでは準備室の中に引き篭もる。

「…………ん。あぁ……。」

机の上で寝たせいでついてしまった白衣のシワを伸ばす事に少し時間がかかった。それとは関係ないがとても眠い。気を抜けば寝てしまいそうだ。

（顔……あぁ…………。）

時計をちらりと見れば、もう登校の時間になっていたので準備室から出て理科室を通って廊下に出る。

そしてゆっくりと廊下を歩き、階段を降り、入る教室がある階に着く。

（もういる人は居る、なんて思考は辞めないとな。）

教室に入っていく少数の生徒達を見てそう思った。

調律者のおかげで意識が冴え始めている。

それから少し歩いて、教室のドアに手をかける。

ドアを横に動かす。動かすついでに音を立てて壊してみた。…………反応無し。

ボクの席は窓側の後ろの後ろ。何もない空席。そこには無いのに、ボクの視界には存在しているたった一つの席。…………待って。ボクの席は本当にここだったのか？

持ってきたノートと教科書と筆記用具を机の中に入れ、そしてそのまま覆い被さった。

瞼が下りた。

チャイムの音が聴こえ、瞼が上がる。

（んん……まだ眠い…………なんでだ……。）

教室の中はまるでそれが普通であるかのようにざわついている。

ドアが開く音がして、急いで目を擦る。

（覚まさないと……んん………………。）

…………醒ますのは目？それとも＿＿＿＿＿＿＿

なんて思考に憑かれてしまいそうになったんだ。

あぁ、先生が教室に入ってきた。

（壊れたドアには向かないんだな。）

一限目は■■。

机の中にしまった教科書とノートを引っ張り出して机の上に置く。そして開く。

（…………あれ。）

昨日と同じく、視界が歪んだ気がした。けれども気にせず授業を受ける事にした。

■魚のような顔の先生が黒板にチョークで文字を連ねていく。

それを見て、ボクもノートに文字を書き写す。

先生が何かを言っているが、ボクには関係ない。

ノートに文字を書き写す理由は、全てを記す為だ。

理由は知っている。けれども覚えてはいない。

ボクはこの学園の事を一番理解している。……けれども、この状況には遭遇した事は無い。

ボクは無心で手を動かす。無言で手を動かす。その行動に意味は無い。やっぱり意味も無い。

『……意味はあるんじゃない？』

聞き覚えのある優しくて耳に入りやすい声が、ボクに語りかけてきた。

「…………憩さん…………？」

『ん、せぇかい。』

視線を感じた……ので周囲を見回す。生徒達がなぜだかボクを囲んで見ている気がした。

「…………あ、授業……」

『授業を受けてるの〜？』

「……うん。」

『サボってもいいよ〜？その授業。』

『というかサボった方がいいよ。学園の全てを把握してないならね。』

「じゃあ…………」

『うん。』

立ち上がろうとしたとき。

チャイムが鳴り、教室内がぶわっと騒がしくなってしまった。

休み時間になると起こる現象だ。その筈だ。

でも……なんだろう。出て行く人よりも入って来る人の方が多いような……………………？？

少しすると、チャイムが鳴り、二限目が始まる。

……………………………………何も思い出せない。まるで全てを忘れてしまっているようだ。

ボクは、忘れる事は出来ない。だから覚えているはずなのに、それなのに思い出せない。

でも、脳髄は確かに憶えているらしい。

ボクはどこからここにやってきたのか、ここがどこなのか。

どうして視界が歪むのか、どうして色がないのか。

どうして皆を認識できないのか。

ボクの脳髄は全てを知っている。なのにボク本人が解っていない。

『ほら、動きたいなら今今〜〜！』

「え、あ、うん。」

動く前の考え事を続けていると、チャイムが鳴った。

休み時間だ。けれども、ボクは気にせず階段へと駆ける。

『急げ急げ〜！！』

（急げ……急げ…………？）

休み時間は生徒達が自由に過ごす時間。でも、ボクの足は前へと駆けている。

チャイムが鳴り、三限目が始まる。

三限目は■■だ。

……………………けど、ボクは屋上のドアの前にいる。

いつもはすぐに開いた屋上のドアが、なぜだか重い。

『…………今日は無理かもね〜。』

「無理って、何が。」

『今日は外には出られない日みたい。』

「…………。」

チャイムが鳴り、三限目が終わる。

間髪入れずにチャイムが鳴り、休み時間が終わる。

四限目が始まる。