死ねない私の鉄のテディベア
@noisemary
1話 1 帰ってきたら居場所がなかった
「おい、見ろよあの女。マヤってあいつだろ、上官に手をかけた、唯一の女兵士ってやつ」
「しかも任務外の時間にな。まぁ痴情のもつれってヤツだろ」
――また、だ。
誰も目を合わせようとしないのに好奇の視線だけは無遠慮にまとわりつく。
「なんでそんなヤバい奴が普通にその辺歩いてんだよ」
「さあ?もう三年も前の話だし。気になるなら本人に聞いてみなよ」
「それこそ刺されたらどうすんだよ‥‥」
朝のトレーニングを終えたばかりの熱い身体が冷めていくようだ。
振り返るかわりに立ち止まって見せるだけで、すぐにそれは止んだ。
二日前、南部の激戦区から三年ぶりに本部に戻った。
歓迎されるはずなんか無いって分かってた。
けど、帰ってきた実感をこんな形で味わうことになるとは思っていなかった。
今日は任務もない。
誰かとの約束もなく、会いたい人はいるけど、もう誘い方も忘れてしまった。
どうせ今日も独房みたいな部屋で一人、甘いジョイント漬けの日になるだろう。
自分の部屋に向かってまた足を踏み出した時、通信が入った。
「緊急出撃命令だ。緊急着陸した輸送機の修理中の周辺警戒。
ペアで当たれ。連携対象は修理担当カイン。出撃レーン3番で合流しろ」
「了解」
どうせ予定は無いんだし、退屈と煙に溺れて過ごすよりは、任務の方がマシかもしれない。
ロッカールームで装備を着込んで、バックパックのホルダーに銃を二丁固定して担ぐ。
いつものように少し顎を上げてヘルメットのストラップを締めながら、ドアを開けた。
肌を撫でる外気に、任務の始まりを察知した身体が緊張して、太陽の光に目が眩んだ。
指定された出発用レーンに目線を向けると、そこに佇むシルエットに違和感を覚え、とうとう幻覚を見るようになったのかと思った。
戦場の噂に聞いていたそれを実際に目にしたのはそれが初めてだった。
全身がグレーの装甲に覆われていて、その頭部には鼻も口も無い。
きっと挑発も小銃も通じない、盾のような顔つき。
目にあたる位置では黒いセンサーカバーの奥で青い光が静かに点滅している。
それでいて、人間の瞳の“眼差し”よりも真っ直ぐにこちらを見ている気配がある。
この青い光は私をどんな風に認識しているのだろう?
ホバーバイクのハンドルを握る手の指は、しなやかな素材で保護されている。
関節の可動域が制限されないためだ。
すらりと地面まで伸びる少し長い脚は、わずかに前に進もうとするバイクの機体を片足で静かに制している。
私には理解できない複雑な構造が、その装甲に隠されているに違いない。
無駄を省き合理的に組み立てられたであろうその人型の鉄の塊が、私の目には逆に美しくあるために作られたようにすら映った。
いつの間にか意識の外に行っていた周囲の音が戻ってきて、そこで我に返った。たぶんほんの一瞬。
「識別コード:MAYA‐03103‐ARC。連携対象を確認」
無機質な人工音声で自分の識別コードを読み上げられ、心の中で一瞬身構える。
ロボットタイプの兵士に話しかけられるのも、当然これが初めてだった。
敵のロボタイプの兵士と遭遇した戦友のメッセージを思い出す。
その時の戦闘で死んだっていうのに、数時間後に“継体”し起き上がった彼がよこしてきたそれには、「かっこよかった」だの「うちにも欲しい」だのと、テキストに滲む感情は羨望一色だった。
“継体”――私たちは百年前の人間の遺伝子情報をもとに復元された人工的な身体を持つ。
たとえ死んでも、記憶はデータとして新しい肉体に流し込まれ、また起き上がる。
私みたいな弱い兵士が、こうして存在していられる理由がこの継体システムだ。
初めてこの星で目を覚ましてから、何度も死と継体を繰り返してきた。
だから地球では、この星全体指して『死者のいない戦場』だなんて呼ぶらしい。
‥‥でも、そのシステムも完璧じゃない。
私が殺した隊長は、あの日以来原因不明のまま眠り続けている。
無意識に反対の腕に爪を立てていた右腕をほどいた。
「そう、マヤ。えっと、あなたは‥‥」
認識コードなんか自分のも他人のも、ここしばらく耳にしていなかったことをぼんやり思い出しながら、合流相手に指定された彼の名前を思い出せず、曖昧に返して彼の後ろのシートに跨る。
「当機は本任務で目標の修理を担当する KHANH‐EXR‐003‐ARC。
他2組は先行済み。発進に備え、姿勢保持を推奨」
‥‥カイン。そう、そんな名前だった。
ロボットタイプの兵士だとは聞いてなかったけど、確かそんな名前。
私が「了解」と返すのとほぼ同時に急発進し、風を切って加速していく。
束ね忘れた髪が風に煽られて頭の後ろで暴れている。
ここは前線から離れているから、静かだ。
木がぽつぽつと生える緑の平原に、障害物を除去して車両が踏みつけてできただけの道が伸びている。
得体の知れない背中に触れる勇気は無くて、サイドバーを強く握り締めた。
‥‥かつて、完全に人工物のみで構成された戦闘用ロボットは協定で使用が禁じられたはずだ。
だから、どう見ても彼はロボタイプだけれど、どこかに人間の要素が組み込まれているのだろう。
道を逸れて補正されていない地面を、木々の間を縫うように‥‥まるで遊んでいるように操縦している。
こんな操縦、人間には無理だ。
「うちの軍にロボットがいたなんて、知らなかった」
彼が雑談にどう応えるのか興味があって、眼の前の彼に通信で話を振ってみた。
『本日は試験運用初日、非正式配備』
無視されるかもしれないと思っていたけれど、ヘルメットに内蔵の通信機を通して、無機質な音声ですぐに返された。
なるほど。
私が感じた小さな違和感。彼は武器を持っていない。
今回は目的地が私たちの占領エリアの内側だから、敵に遭遇する確率は低い。
まだ開発段階のロボットに実地での試験運用の実績を作りたいが、非正式配備のユニットに武器の携帯許可を出したくない本部には、今回の修繕任務は都合が良い条件だったんだろう。
そりゃそうだ。前線で武器を持ったロボットが暴走でもしたとして、私たちがその世話をするなんて冗談じゃない。
なにより現場の私たちは‥‥技術開発部のヤツらを信用できない。
技術開発部の連中は私たちを神経のない肉でも見るような目をする時があるから。
たびたび、『EMPバンザイ式ナイフ』や『スナイパー用6倍率固定視覚インプラント』だとか、研磨機で脳みそをツルツルに磨かなきゃ思いつかない装備を発案するような、そんな奴らだ。
たとえばいざって時に自爆するようなおもちゃを、私たちに紛れ込ませようとしたって驚かない。
とはいえ、敵の軍はロボットタイプの兵士をすでに実戦投入している。
技術開発部も軍も、その能力や完成度はさておいて戦術型ロボットの分野で目に見えて遅れを取った格好になっているのを問題視しているのだろう。
眼の前の鈍く光る後頭部に刻印された製造番号みたいな英数字の列に目をやって、ため息混じりに呟く。
「‥‥あなたがまともなロボだって祈ってる」
彼が何かリアクションを返す前に、通信が入った。
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