第2話

2話

 2023年10月5日

 彼女との出会いというかきっかけだろうか、それは意味の分からない刀祢さんの一言からだった。

「ろっ骨を骨折した・・・女の子を拾った!」

「よし、警察に電話して今すぐこの変態を突き出しましょう千鶴さん」

 仕事に出てくる早々、慌てふためいて妙に落ち着きのない店長でオーナーの刀祢さんが、当時まだ病み上がりで仕事を始めたばかりの俺、坂下 栄治に開口一番に言い放った一言がそれである。

 とある事情から、前の店を追い出され、途方に暮れていたわけではないが仕事を探していた俺がたまたま入った喫茶店オリーブ、そこで変な偶然なのかちょうど人が辞めて困っていた千鶴さんに声をかけられ、行こうここで働き始めたのが3カ月前の事である。

「変態なのは認めるけどダメよぉ、私の大切な旦那様なのだから」

「たまに千鶴さんて刀祢さんを愛しているのか、貶めているのかわからない時ありますよね・・・」

「誉め言葉として受け取っておくね、栄治君」

 その笑顔が微妙に笑っていないのはすぐに分かり、ひきつった笑みを浮かべておいた。

 相も変わることなくアタフタする旦那に、適当に後頭部をひっぱたいて千鶴さんが落ち着かせると訳を話し始めた。

 話は昨夜の事らしい。

 閉店後、店の経理やら仕込みを終え、さぁ帰ろうと二人でオリーブを出てすぐの事だった。

 背後からノンストップで走ってきた軽乗用車が、道の脇にある側溝にタイヤを取られ、そのまま大きな音とを立てて止まったそうだ。

 慌てて千鶴さんと刀祢さんは事故をした軽自動車へと駆け寄ると、意識を失った20代の女性が体のあちこちを打ち身や、傷を負っており、そこかしこから深紅の液体がその服を赤く染め上げ始めていた。

 二人は慌てて女性を運転席から引っ張り出し、救急車を呼んだのだという。

 そのまま二人は病院まで付き添い、帰ってきたのが店を開ける直前だったとの話だった。

「つまり・・・二人とも寝てないんですか?」

 呆れた話ではあるが、この二人のお人よしに自分も助けられた口なので、正直呆れはするがあいも変わらないなぁとも思った。

「い、いけるわよね刀祢さん」

「も、もちろんだ愛しのマイエンジェ・・・」

「ハイストップ。本日の営業は終了とします」

「「えええええ」」

 なんとも仲のいい。

 ハミングする二人の仲の良い夫婦を横目に、closedに立札を切り替え、店じまいを始める。

 最初こそブーブー文句を言ってはいたのだが、やはり疲労からなのか、少し落ちつたからなのかだいぶ疲れが顔ににじみ出ていた。

「それで・・・その女性助かったんですか?」

「命に別状はないそうよ。そのうち顔を店に来るそうなので、期待してて良いわよぉ」

「何を期待するんですか?」

「若い女の子で、可愛いから。な?!」

 何が・・・な?! なのかさっぱりわからなかった俺だったが、数日後。

「あの、先日は助けていただきありがとうございました」

 恭しく頭を下げたその髪の色を俺は一生忘れることはないだろう。

 そう思うほどに彼女の髪の毛は、漫画から飛び出てきたのではないだろうかというような桃色のピンクで、それがなぜか違和感が全くなく、まるでそうあるのが自然体で当たり前の事のような気さえしてしまうような、そんな自然とは不釣り合いなのだが彼女の髪の毛と彼女の醸し出す雰囲気はとてもしっくりきていた。

 これが、俺、坂下 栄治と島谷 栞菜の出会いだった。




「何を考えながら打ち込んでるんですか?」

 栞菜が、タブレット型キーボードで作業している栄治の顔を覗き込みながらそう問いかける。

 透き通るようなきれいな瞳、切れ長の目元が少し鋭いが、笑うとふんわりとする。

 眉毛がアイブローで綺麗に描かれており、それが栞菜の少し細目の鋭さと非常に相性がいい、切れ長美人と一言で言えるほどに、彼女の顔はしっかりと化粧で引き立たせてあった。

 その鋭いながらも、柔らかなその表情が目の前から真剣な目で見つめてくるので、栄治としては平静を装いつつも、ドキドキして仕方がなかった。

 自分でも不思議なのだが、出会ってから1年は特に彼女を意識することはあまりなかったのだが、ここ1年ほど、去年の彼女の誕生日を境に何か急激に変化したのが自分でも手に取るように分かっていた。

「作業の邪魔なのですけど・・・・ほらパウンドケーキでも食べててください」

「栄治さんを見ながら食べますね!」

 からかうような、それでいて心が弾んでいるかのような声音が耳に届き、気が気ではない状態の中で、栄治は作業へと戻っていった。

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