夢へ歩む、琥珀色の甘い夏

藤咲 みつき

第1話 初夏のひと時

 6月15日 日曜日

 初夏、じわりじわりと気温が上がりつつも、梅雨入りしたばかりという事もあり、ジメジメと蒸し暑い日が続くそんな季節。

 海沿いにある小さな喫茶店オリーブは、初夏からがかき入れ時であり、徐々に忙しくなってくる。

 夏になれば海開きがあり、多くのレジャー目当てや、観光客、夏休みやお盆を利用した遊びで訪れるお客様でごった返すが、まだそれには少し早い。

 ちりぃ、りんー、と小気味の良い風鈴の鈴がガラスを叩く音ともにオリーブのドアがお客様の来店を知らせる。

「いらっしゃいませ~。あ、栞菜ちゃんいらっしゃい」

 地味目のティーシャツにスキニーのジーンズ、髪は長いためポニーテールにアップにしており、眉毛とお化粧を少し薄めにしつつも、目元をアイシャドーとチーク、ラメでしっかりと決めた、地味とオシャレを足して二で割ったような不思議な格好の女性が現れる。

 しかし、その微妙なのになぜか彼女にはそれがすごくしっくりときており、逆に彼女の魅力を引き上げているような、そんな不思議な感じの女性が入ってきた。

「はい、いらっしゃいましたよ」

 来店客を見るなり、常連客のお名前を言うとバイトである栄治に視線を向けにやりと不敵な笑みを浮かべる。

 栄治はいつもの事と思いつつ、含みのあるその笑みに面白く無さを感じ、一つため息をついた後冷蔵庫を開け、ドリンクを作り始めた。

「栄治さん・・・」

「うん・・・・ごゆっくりぃ~」

 栞菜と呼ばれた女性に注文を取ることなく、特に意思疎通もしていないが、栄治は彼女の座ったカウンター席にお水と一緒にドリンクと、パウンドケーキを一切れ乗せたアンティーク皿を差し出し、満面の笑みで立ち去る。

「・・・」

「ニヤニヤ」

 栄治が運ばれてきた琥珀色の液体の入ったグラス、パウンドケーキの乗ったあんていぃーく皿を見て、栄治を見た後、栞菜は栄治に何も言わずにニコニコと笑顔だけを向ける。

 それに対し、何か言葉をかけることはなかった栄治だが、自然と笑顔でそれに答え、その場を後にした。

 それを横目に満足そうに千鶴さんが声に出しながら二人を交互に見る。

「デリカシー」

「あいたぁ~。いいじゃない、若い成分とイチャイチャが足りないのよ!」

 厨房から見えていたのだろうか、スッと姿を現したこの店の店主、茅ヶ崎 刀祢さんが妻である千鶴さんに手刀を後頭部に軽く当てた。

 たいして痛くもないだろうが、わざとらしく痛がる。

 この夫婦は夫婦漫才をよくやることで有名ではあるが、それもまたこの喫茶店オリーブの色となっており、店内にいるお客様たちは、またやってるぅ、良いなぁいつまでもラブラブでぇ、などと温かい目で見てくれているのだからありがたい話だと、栄治は思っていた。

「お二人のような仲睦まじい夫婦になりたいです」

 栞菜さんがそんな二人のやり取りを見て、柔らかい笑顔を見せつつ、琥珀色の液体をストローで飲み、のどを潤す。

「栄治さん、これなんのお茶ですか?」

「嫌いだった?」

「いえ・・・・でもなんかふんわりする?」

 栄治は問われた事に特に不快に感じたり、疑問を持たず、にっこりとほほ笑みつつも栞菜に問いかけると、彼女は少し小首をかしげ考え込むも、答えが出なかったのか彼に問いかけた。

「普通にアールグレーですけど、これは水出しで中質してるから、多分えぐみみたいのがほとんどなくすっきりしてるんじゃないかな?」

「え?! ああ、なんか言われてみるとコンビニのペットボトルのやつと全然違う」

「いや待て、アレと比べないでくれ」

「え、だって私アレぐらいしか知らないですから」

 確かにそうかと納得しつつ、微妙に納得ができないという複雑な顔を栄治はしていた。

「私・・・変なこと言いました?」

「いや、毎度素直な感想ありがとう・・・」

 出会ってから2年ちょっと、栞菜は栄治に対して遠慮というものがなくなっており、思ったままありのままを最近ではよく口にしていたが、それを聞くたびに嬉しくもあり、この人にもっと感動的な良い反応をさせたいと、栄治は良く思うようになっていたのだった。

「お二人さん、イチャイチャは他でし・・・」

「もっとしてね、私、二人のイチャイチャ大好き!」

 目の前でイチャついたつもりがないにしても、どうやら他人にはそう映っていたらしく、怪訝な表情で刀祢さんが言い出したが、それを遮るかのようにまるで自分の事の様に嬉しそうに千鶴さんが割って入った。

「いや、イチャイチャなんてしてませんし、彼女に失礼でしょ俺とじゃ」

「え? 何がですか?」

 慌てて否定し始めた栄治に、普段ならあまり声を張り上げないのに、妙に通る声音で栞菜が栄治に言い放つ。

 まただと思った。

 ここ半年ぐらいだろうか、栄治と栞菜の仲が良いことを千鶴さんが指摘すると、栄治がし否定すると、それを遮るかのように栞菜は割と強めの口調や声音、時に割とストレートに表現しつつも少しいたずら混じりな形の言葉で場をとりなすのだ。

「いやえっとぉ」

「栄治さんは私の事大好きですからねぇ」

「・・・・はいはい」

 こういわれてしまうと、それを肯定していいのか、否定していいのか分からなくなり、栄治はとりあえず受け流すという選択を覚えた。

「あらら、また受け流してる」

「男は度胸だぞ栄治君」

「そこの二人はうるさいので、仕事してください」

「クスクス・・・今日も楽しいですね栄治さん」

「勘弁してください・・・・」

 これがここ最近の栄治の悩みである、夫婦漫才のような、それでいて友達以上恋人未満のような、不思議な関係。

 お客様と店員。

 でも、何かが違うような、友人と言って良いのか、それともそれ以上なのか。

 彼にはまだまだ悩ましい問題だった。

 そんな、穏やかの午後のひと時は、ゆっくりと初夏の日差しとともに過ぎていく、リンリンと風鈴の涼やかな音ともに。




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