第50話
約束の日。俺たちは、この前ひと悶着あったイルミネーションの会場に来ていた。平日だというのに、相変わらずの人混みだ。
「うわあ……やっぱりすごい人だね」
「ん。多い」
七瀬さんは、夕薙凪と誤解されないように変装用の伊達眼鏡をかけマフラーに顔を半分うずめながら、きらきらと輝く光の海を見渡した。
今日の彼女は、いつものキャップではなく、白いニット帽を被っている。その姿が、イルミネーションの光に反射して、どこか幻想的に見えた。
「ね、陽介見てろ。夏の虫みたいな番がたくさんだよ」
彼女が指差した先には、寄り添って歩くカップルたちの姿があった。イルミネーションの光に照らされ、誰もが幸せそうな顔をしている。
「蛾呼ばわり!?」
「や、だって光に集まる習性とか、完全に虫じゃん」
七瀬さんは幸せそうな人たちに恨めしい目を向けながらそう言った。
「まあ、否定はしないけど……言い方」
「ふふっ。でもさ、私たちも、今夜だけは、その虫の一員にならなきゃいけないんだよ」
彼女は、いたずらっぽく笑って、俺の方を見上げた。
「カップルに擬態しなきゃ。虫だから」
「擬態……?」
「そう。ここじゃ、一人で歩くのも、ただの友達同士で歩くのも、逆に目立っちゃうでしょ?だから、周りに溶け込むために必要なことがある」
そう言うと、彼女は俺のコートのポケットに、自分の手をぐいっと突っ込んできた。
ポケットの中で、彼女の冷たい手が俺の手を探り当てるとぎゅっと握りしめ、そのまま外へと引きずり出していく。
「え、ちょ、七瀬さん!?」
「しっ。擬態中。鳥にバレたら食べられちゃうよ?」
彼女は何食わぬ顔で前を向いている。
とはいえ、実際に手を繋いでいない方が珍しいくらいの割合のためこのままでいるしかない。『あれ? あの二人、手を繋いでないけど喧嘩してる?』なんて思われて視線を集めることは七瀬さんにとってマイナスが大きいからだ。
それでも、恋人に擬態しているという状況に心臓が早鐘を打ち始める。
「ほら、あっち見て。明らかに盛りすぎてキスしてる人達がいるよ」
「うわ、本当だ……大胆だね」
「あれは……繁殖してるね」
「繁殖!?」
「ん。この光の中で、新しい命の芽生えを感じる」
「七瀬さん、今日飛ばしてるね!?」
「ん。繁殖しそう」
「しそうって何!? 無性生殖できるの!?」
彼女の独特すぎる表現にツッコミを入れながら、俺たちは、光のトンネルをゆっくりと歩いた。
青と白のLEDが織りなす幻想的な空間は、ここが現実であることを忘れさせてくれるような力を持っている。
「ね、陽介」
「何?」
「無性生殖はできないよ?」
「今言う!?」
「しっかり考えてから検討しないといけないじゃん?」
「僅かでもアメーバだと自認していた可能性がある事がなにより怖いよ」
「や、綺麗だねぇ……」
七瀬さんは笑いながら電球の集合体をじっと見つめる。
「急に話を逸らしたね!?」
「や、繁殖の話はもういいからさ。見てみて」
自分から振ってきておいて。自由気ままな人だ。
「……う、うん。すごいね。これが、七瀬さんが言ってた場所?」
「ん。そう。ルミナス・ティアーズをイメージしたエリア」
彼女は少しだけ誇らしげにその光景を見つめていた。まるで自分の庭を案内するかのようだ。
「ん……なんかいい匂い。私の触覚が反応してるよ」
少し離れたところにあるキッチンカーから漂ってくる、スパイシーで甘い香りに七瀬さんが鼻をひくつかせた。
「ホットワインだね。あと、ホットドッグもあるみたいだよ」
「ん。全部買おう」
「全部は無理だよ……」
俺たちは列に並んでホットワインとホットドッグを二つずつ買った。少し離れたベンチに腰を下ろし、湯気を立てるカップを両手で包み込む。
「んまーっ! あったまるぅ……ホットとホットの組み合わせでほっとするねぇ」
「ほっとほっと?」
「ん。アツアツの弁当屋さん」
そんな下らない冗談にも乗ってくれる七瀬さんの笑顔はイルミネーションよりもずっと輝いて見える。そんなこと言えるわけがないけれど。
「これ、河川敷に来てくれないかな?」
「え、この屋台が?」
「ん。そしたら、毎日ホットワイン飲めるのに」
「すっごい騒がしくなるね!?」
「だよねぇ……静かなのがいいところなのに。でもさ、今日わかったことがある」
「何?」
「案外、防寒すれば河川敷もいける」
彼女は、真剣な顔でそう言った。
「いやいや、何時間もいたらさすがに風邪引くよ!?」
「ま……そうだよねぇ。鼻水垂らしながら飲むのも、なんか違うし。冬、早く終わって欲しいなぁ」
「俺は、冬も嫌いじゃないけどね。こうやって、温かいものが美味しく感じるし」
「ポジティブだね。じゃ、やっぱり冬しかできないことをする?」
「冬しか……何?」
俺の質問に七瀬さんは首を傾げ苦笑いをした。
「……や、意外とないね……冬限定商品を食べる?」
「それ、年中やってるようなもんじゃん」
「ふふっ、それくらいがいいよね。無理に特別なことしなくても」
彼女は、ホットドッグを大きな口で頬張りながら、笑った。口の端に、ケチャップが少しついている。
「あ、ケチャップついてるよ」
「え、どこ?」
「ここ」
俺が指差すと、彼女は舌でぺろりと舐め取った。その仕草に、またしてもドキリとさせられる。
「……ね、陽介」
「ん?」
「冬は終わってほしくないのに河川敷は無理ってことは、陽介ってまだまだうちに入り浸る気だね?」
七瀬さんはニヤニヤしながら俺にそう言った。そんなつもりで言ったわけじゃなかったけれど、ここまでの会話を総合すると結果的にそうなってしまう。
「い、いや、入り浸るっていうか……寒さが和らぐまでは、その……お邪魔させてもらおうかな、なんて……あ、嫌なら、たまにはうちでもいいけど……」
「や、自然な流れでお呼ばれしちゃったなぁ。ニヤニヤ」
「ニヤニヤって言わない」
「ニヤニヤの口になっちゃったんだよねぇ」
「逆再生したらヤニヤニだよ? 大丈夫?」
「ふふっ。臭そうだね」
「でも……ありがとう。七瀬さんの家、居心地いいから」
「ん。ま、家主がいい人だからね。似るんだよ」
「それペットの時に言うやつだよ!?」
俺たちは、顔を見合わせて笑った。周りを見渡せば、たくさんの「夏の虫」たちが、それぞれの時間を楽しんでいる。俺たちも、その中の一組として、この光の海に溶け込んでいる。
「擬態、成功?」
俺がそう言うと七瀬さんは恥ずかしそうにこくりと頷いた。
「……ん。大成功」
彼女はホットワインをそばに置いて、また俺の手をぎゅっと握ってきた。先ほどとは違い、温かい飲み物とアルコールで体温が上がっていて、その温もりが心地よい。
「じゃあ、そろそろ行く? まだ見てないエリア、あるし」
「そうだね。行こうか」
俺たちはベンチを立ち上がり、更に上手になった擬態を維持しつつ、光の中へ向かって歩き出した。
―――――
新作の投稿始めました。
『SSSランク美少女がボロボロな状態で店に来て癒されて帰っていく~DV被害者にしか見えないので全力で保護することにしました~』
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