第3話 梅のパイ
洞窟の奥、天井にある隙間からこぼれ落ちる光にわキラキラと水面が輝く正午。
水に湿る岩場で、蛇の獣人──“へびさん”は、いつものように静かに佇んでいた。
水面からの光が金の瞳に反射すると、それはまるで宝石のようにきらめく。
「へびさん!」
苔を踏む音とともに、小さな足音が近づいてくる。
ラグナは目を細め、声の主を見た。
「……今日も来たのか、エレナ」
にこにこしながら走ってきた少女は、手に包みを抱えていた。
「今日はね、焼いてきたの。黄色の実のパイ。へびさんが、あの黄色い実を漬けたシロップが好きだって言ってたから、余ってた果肉で」
「……あれは、口にしただけだ。好物とは言っていない」
「でも、美味しそうな顔してたよ?」
ラグナは思わず視線を逸らす。
「……表情を読むな。おまえは、よく観察し過ぎだ」
「だって、へびさんの顔、けっこうわかりやすいんだもん」
くすくすと笑いながら、エレナは包みを開いた。
こんがり焼かれた、素朴な果実のパイが一つ。
「熱くないよ。冷ましてきたから」
少しの間を置いて、ラグナは手を伸ばし、それを受け取った。
指先で触れたとき、ほんの僅かにあたたかさが感じられた。
「……人の食べ物は、腹にたまらん」
「でも、気持ちには残るでしょ?」
その言葉に、ラグナは少しだけ口元をゆるめた。
「……おまえは時々、厄介なことを言うな」
エレナは得意げに笑った。
「でも、食べてくれるなら嬉しいな。来週はもっとたくさん焼いてくるから」
「……毎日は来るな。森に人間のにおいが増える」
「うん。じゃあ、毎週ならいい?」
質問の意図に気づいたラグナは、わずかに目を伏せて——
それでも、パイをひとかじりして静かに答えた。
「……好きにしろ」
それは、いつもの拒絶でも警告でもなかった。
その声の奥にある微かなぬくもりに、エレナはにこりと笑った。
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