第48話「新学期への決意」

 九月一日、新学期の始まりの朝だった。


 みずきは早めに目を覚まして、夏休み中使い込んだ教科書やノートを整理していた。机の上には万年筆が静かに置かれている。この夏、万年筆と共に過ごした日々を振り返ると、自分がどれだけ変わったかを実感する。


「今日から、また新しい季節が始まるのね」


 みずきが万年筆に向かってつぶやいた。万年筆は何も答えないが、朝の光を受けて美しく輝いている。


 身支度を整えて階下に降りると、母が朝食の準備をしていた。


「おはよう、みずき」


「おはようございます、お母さん」


 みずきが台所を手伝いながら答えた。


「新学期、楽しみね」


 母が嬉しそうに言った。


「夏休みの間に、ずいぶんしっかりしたから」


 みずきは母の言葉を聞いて、確かにその通りだと思った。春の自分と比べると、人と話すことも、問題を解決することも、ずっと自信を持ってできるようになった。


 がくも食卓にやってきた。手には夏休みの自由研究のノートを抱えている。


「お姉ちゃん、今日研究発表があるんだ」


 がくが興奮気味に言った。


「シジュウカラのこと、みんなに聞いてもらえる」


「楽しみね」


 みずきが微笑んだ。


「きっと、みんな驚くわ」


 父も工房から出てきて、家族四人で朝食を囲んだ。何気ない会話だが、みずきには家族の温かさが改めて身に染みる。万年筆の力も大切だが、この安心できる家庭があることが、何より心の支えになっている。


 学校への道すがら、みずきは小瑠璃こるり恵奈えなと合流した。


「おはよう、みずきちゃん」


 恵奈が元気よく手を振った。薄い青色の夏服から、秋らしい紺の制服に変わっている。


「おはようございます、みずきさん」


 小瑠璃も上品に微笑んだ。いつものように美しく、でも夏の間により親しみやすくなったような気がする。


「おはよう、二人とも」


 みずきが答えた。


「新学期が始まるのね」


「そうね」


 恵奈が空を見上げた。


「でも、わたしたちの友情は変わらない」


「むしろ、より深くなりましたわ」


 小瑠璃が付け加えた。


「夏の間に学んだことを、これからの学校生活でも活かしていきましょう」


 三人は並んで歩きながら、この夏の思い出を語り合った。夏祭りでの協力、川遊びでの楽しい時間、それぞれの成長を確かめ合った日々。どの思い出も、三人だったからこそ特別なものになった。


 学校に着くと、久しぶりに会うクラスメートたちが嬉しそうに声をかけてきた。


四條しじょうさん、夏休みはどうでした?」


雀部ささべさんと青山さんと、いつも一緒にいたそうですね」


 みずきは自然に答えることができた。春の頃は、人前で話すのも緊張していたのに、今では堂々と会話を楽しめる。


 教室に入ると、田辺先生が既に準備をしていた。


「皆さん、おかえりなさい」


 田辺先生が温かく迎えてくれた。


「楽しい夏休みを過ごせましたか?」


 生徒たちが口々に答える中で、みずきは田辺先生と目が合った。先生は微笑んで頷いてくれる。きっと、みずきの変化に気づいてくれているのだろう。


 始業式の後、各自で夏休みの感想を発表することになった。


「四條さん、いかがでしたか?」


 田辺先生がみずきを指名した。


 みずきは立ち上がって、教室の皆を見回した。春の頃なら緊張で声が震えていただろう。でも今は違う。


「この夏は、友達の大切さを学んだ夏でした」


 みずきが落ち着いて話し始めた。


「一人ではできないことも、みんなで協力すれば解決できる。そんなことを、身をもって体験しました」


 小瑠璃と恵奈が嬉しそうに微笑んでいる。


「また、自分にも思っていた以上の力があることに気づきました」


 みずきが続けた。


「でも、その力を正しく使うためには、周りの人たちの支えが必要です」


 田辺先生が感心したように頷いている。


「新学期は、夏休みで学んだことを活かして、クラスのみんなとも協力していきたいと思います」


 みずきが席に座ると、教室から自然な拍手が起こった。みずきの成長を、クラスメートたちも感じ取ってくれたのかもしれない。


 昼休み、三人は中庭でお弁当を食べながら話していた。


「みずきちゃんの発表、素晴らしかったわ」


 恵奈が感心して言った。


「堂々としていて、とても説得力があった」


「春の頃のみずきさんからは、想像もできませんわ」


 小瑠璃も同意した。


「でも、元からその力はお持ちだったのですわね」


 みずきは二人の言葉を聞いて、万年筆のことを思った。万年筆の力が自分を成長させてくれたのは確かだが、それ以上に大切だったのは、友達との関係だった。


「ねえ、二人とも」


 みずきが言った。


「新学期に向けて、一つお願いがあるの」


「何かしら?」


 恵奈が聞いた。


「もし、また大きな問題が起こったら、三人で力を合わせて解決しましょう」


 みずきが真剣に言った。


「万年筆の力も使うかもしれないけれど、それだけに頼るのではなく」


「もちろんですわ」


 小瑠璃が即座に答えた。


「わたくしたち、もう最強の三人組ですもの」


「そうね」


 恵奈が笑った。


「どんなことが起こっても、三人なら大丈夫」


 午後の授業で、田辺先生が秋の行事について説明してくれた。


「十月には学芸会があります」


 田辺先生が黒板に日程を書いた。


「今年は、各クラスで演劇を発表することになっています」


 生徒たちがざわめいた。学芸会は学校の大きな行事の一つだ。


「演目や配役は、皆さんで相談して決めてください」


 みずきは学芸会のことを考えながら、少し期待を感じていた。きっと、何か問題も起こるだろう。でも、三人で力を合わせれば、素晴らしい学芸会にできるはずだ。


 放課後、三人で帰る道すがら、みずきは新学期への決意を新たにしていた。


「今日から、また新しい冒険が始まるのね」


 みずきが言った。


「そうね」


 恵奈が頷いた。


「でも、今度は一人じゃない」


「三人で支え合って、成長していきましょう」


 小瑠璃が美しく微笑んだ。


 家に帰って、みずきは万年筆を手に取った。


「今日から新学期です」


 みずきが万年筆に報告した。


「夏の間に学んだことを活かして、また新しいことに挑戦していきます」


 万年筆が、いつもより温かく感じられた。まるで、みずきの決意を応援してくれているかのように。


「でも、あなたの力だけに頼るのではなく」


 みずきが続けた。


「友達と一緒に、自分の力も信じて歩んでいきます」


 窓の外では、夕焼けが美しく空を染めている。新学期の始まりにふさわしい、希望に満ちた光景だった。


 みずきは日記を開いて、今日の出来事を書き留めた。そして最後に、こう記した。


『新学期への決意:万年筆の力と、友達との絆と、自分自身の成長。この三つを大切にして、どんな困難も乗り越えていこう。きっと、素晴らしい秋になるはずだ。』


 みずきは万年筆を大切に机に置いて、新しい季節への期待を胸に、静かな夜を迎えた。

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