第47話「友情の深化」

 八月の最後の日、三人は夕涼ゆうすずみのために山田きつきおばあちゃんの家を訪ねた。


 古い日本家屋の縁側で、きつきおばあちゃんが麦茶を用意してくれる。庭では夕顔の花が美しく咲き、虫の音が静かに響いていた。


「今年の夏も、もう終わりですねえ」


 きつきおばあちゃんが扇子せんすで風を送りながら言った。


「皆さん、どんな夏でしたか?」


「とても充実した夏でした」


 恵奈えなが答えた。


「三人で過ごした時間が、どれも宝物のようです」


 みずきは恵奈の言葉を聞きながら、確かにその通りだと思った。夏祭りの準備、川遊び、図書館での勉強。どの思い出も、三人だったからこそ特別なものになった。


「ところで」


 きつきおばあちゃんが興味深そうに三人を見回した。


「皆さんの友情、とても美しいものですねえ」


「恥ずかしいですわ」


 小瑠璃こるりが頬を染めた。


「でも、本当に大切な関係だと思っています」


「わしが若い頃にもね」


 きつきおばあちゃんが遠い目をした。


「そんな友達がいましたよ。何でも話し合える、心の支えになる人が」


 みずきは興味深く聞いていた。きつきおばあちゃんにも、自分たちのような友情があったのだろうか。


「でもね」


 きつきおばあちゃんが続けた。


「本当の友情というのは、楽しい時だけではわからないものです」


「どういう意味でしょう?」


 恵奈が聞いた。


「困った時、悲しい時、そんな時にどれだけ支え合えるか」


 きつきおばあちゃんが優しく微笑んだ。


「それが、友情の真価を決めるのです」


 みずきは、きつきおばあちゃんの言葉を心に刻んだ。確かに、これまでは楽しいことが多かった。でも、本当に困った時、三人はどうなるのだろう。


 家に帰る道すがら、三人は静かに歩いていた。きつきおばあちゃんの言葉が、それぞれの心に響いているようだった。


「ねえ、二人とも」


 みずきがふと立ち止まった。


「もし、わたしに何か大きな問題が起こったら、あなたたちはどうする?」


「どんな問題でも」


 恵奈がすぐに答えた。


「一緒に乗り越えるわ」


「わたくしも同じ気持ちですわ」


 小瑠璃が頷いた。


「みずきさんの問題は、わたくしたちの問題です」


 みずきの心に、深い安心感が広がった。二人がいてくれれば、どんな困難も乗り越えられるような気がする。


「実は」


 みずきが迷いながら言った。


「最近、万年筆の力が以前より安定しているような気がするの」


 二人が立ち止まって、みずきを見つめた。


「どんな風に?」


 小瑠璃が優しく聞いた。


 みずきは、万年筆を使う時の感覚の変化について話した。以前は不安定だった効果が、今では心を込めれば確実に成功すること。インクの色も、微妙に変化しているような気がすること。


「つまり」


 恵奈が整理するように言った。


「みずきちゃんと万年筆の絆が、より深くなっているということ?」


「そうみたい」


 みずきが頷いた。


「でも、それが何を意味するのかわからなくて」


「目黒さんがおっしゃっていた通りですわね」


 小瑠璃が洞察力を示した。


「万年筆は使い手と共に成長するのかもしれません」


 三人は桜川の橋の上で立ち止まった。月明かりが川面を美しく照らしている。


「みずきちゃん」


 恵奈が真剣な表情で言った。


「もしかしたら、これからもっと大きな謎に直面するかもしれないわね」


「そうですわね」


 小瑠璃も同意した。


「でも、わたくしたちは準備ができています」


「準備?」


 みずきが聞き返した。


「三人で力を合わせる準備」


 恵奈が微笑んだ。


「夏祭りで学んだこと、覚えているでしょう?」


 みずきは夏祭りでの協力を思い出した。恵奈の判断力、小瑠璃の技術、自分の調整力。三人の力が合わさった時の素晴らしさ。


「そうね」


 みずきが安心したように微笑んだ。


「どんなことが起こっても、三人なら大丈夫」


 その時、川の向こうから不思議な音が聞こえてきた。


 ツツピー、ヂヂヂヂ。


 シジュウカラの鳴き声だった。夜にシジュウカラが鳴くのは珍しい。三人は顔を見合わせた。


「がく君の研究によると」


 みずきが小声で言った。


「夜にシジュウカラが鳴くのは珍しいことなの」


「まるで、わたしたちの決意を聞いていたみたい」


 小瑠璃がつぶやいた。


 再び鳴き声が響く。今度は三回続けて。


 ツツピー、ヂヂヂヂ。ツツピー、ヂヂヂヂ。ツツピー、ヂヂヂヂ。


 恵奈が月を見上げた。


「不思議ね。まるで、わたしたちに何かを伝えようとしているみたい」


 みずきは万年筆のことを思った。家に置いてきた万年筆は、今どんな状態だろう。このシジュウカラの鳴き声と、何か関係があるのだろうか。


「みずきちゃん」


 小瑠璃がみずきの手を取った。


「何があっても、わたくしたちは一緒ですからね」


「ええ」


 恵奈もみずきの手を握った。


「三人の絆は、どんなことがあっても切れない」


 みずきは二人の温かい手を感じながら、深い感動に包まれた。春には想像もできなかった、こんなに深い友情。お互いの秘密を共有し、困難を一緒に乗り越え、成長を見守り合う関係。


「ありがとう、二人とも」


 みずきが心から言った。


「あなたたちがいてくれるから、わたしはどんなことでも乗り越えられる」


 シジュウカラの鳴き声が、もう一度響いた。今度は穏やかな調べ。


 ツツピー。


 まるで、三人の友情を祝福してくれているかのようだった。


 家に帰って、みずきは万年筆を手に取った。不思議なことに、万年筆がいつもより温かく感じられる。


「今日、友達との絆がもっと深くなりました」


 みずきが万年筆に話しかけた。


「そして、あなたの秘密についても、少しずつわかってきています」


 万年筆のインクが、月明かりの中で微かに光ったような気がした。まるで、みずきの成長を喜んでくれているかのように。


 みずきは窓を開けて、夜風に当たった。どこかで、再びシジュウカラの声が聞こえる。


 ツツピー。


 静かで美しい鳴き声。きっと、明日からも新しい発見があるだろう。友達と一緒に、万年筆の秘密を探り、自分自身も成長していく。


 夏の終わりは、新しい始まりでもあった。


 みずきは万年筆を大切に机に置いて、充実した一日に感謝した。友情は、思っていた以上に深く、美しいものだった。

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