第35話「謝罪と和解」

 翌朝、みずきは早めに学校に向かった。


 恵奈えなと話すためには、他の生徒がいない時間がいい。教室で恵奈を待とうと思ったのだ。


 ところが、教室に入ると、恵奈がすでに席に座っていた。


「恵奈ちゃん、おはよう」


 みずきが声をかけると、恵奈が顔を上げた。


「おはよう」


 短い返事だったが、今までより少し柔らかかった。


「恵奈ちゃん、お話があるの」


 みずきが恵奈の席に近づいた。


「今度こそ、ちゃんと」


 恵奈が本を閉じて、みずきを見つめた。


「何かしら?」


「わたしたち、間違っていた」


 みずきがはっきりと言った。


「あなたを信用していなかったわけじゃない。でも、結果的にはそうなってしまった」


 恵奈は黙って聞いていた。


「あなたに選択の機会も与えずに、わたしたちが勝手に決めてしまった」


 みずきが続けた。


「それは、本当の友情じゃなかった」


 その時、小瑠璃こるりが教室に入ってきた。みずきと恵奈が話しているのを見て、驚いたような顔をした。


「小瑠璃ちゃん、こっちに来て」


 みずきが手招きした。


「小瑠璃ちゃんにも、一緒に謝ってもらいたいの」


 小瑠璃が恵奈の前に立った。


「恵奈さん」


 小瑠璃が深くお辞儀をした。


「申し訳ありませんでした」


「小瑠璃ちゃん」


 恵奈が戸惑ったような顔をした。


「わたくしも、みずきさんと同じ気持ちでした」


 小瑠璃が顔を上げた。


「あなたを巻き込みたくないと思って。でも、それは結局、あなたを信頼していなかったということですわね」


 恵奈の表情が少し和らいだ。


「二人とも」


 恵奈がため息をついた。


「わたしも、言い過ぎたかもしれない」


「そんなことない」


 みずきが首を振った。


「あなたの言葉は、全部正しかった」


 みずきが恵奈の手を取った。


「恵奈ちゃん、万年筆の秘密を全部話すわ」


「みずきさん」


 小瑠璃が心配そうに言った。


「本当によろしいの?」


「ええ」


 みずきが頷いた。


「恵奈ちゃんが知りたがっているのは、秘密の内容じゃない。信頼されたいということよ」


 みずきが万年筆を取り出した。


「これが、わたしたちの秘密」


 みずきは恵奈に、万年筆のすべてを話した。古道具屋での出会いから始まって、最初に使った時の驚き、様々な体験、そして万年筆の限界や危険性まで。


 恵奈は黙って聞いていた。時々驚いた表情を見せるが、疑うような様子はない。


「つまり」


 恵奈がゆっくりと言った。


「この万年筆で文字を書くと、書いた内容が現実になる」


「そう」


 みずきが頷いた。


「でも、悪いことには使えないし、限界もある」


「だから、わたしたちは秘密にしていたの」


 小瑠璃が補足した。


「でも、今思えば、恵奈さんにも相談すべきでした」


 恵奈が万年筆を見つめた。


「触ってもいい?」


「もちろん」


 みずきが万年筆を差し出すと、恵奈が慎重に受け取った。


「本当に温かい」


 恵奈が驚いた。


「まるで生きているみたい」


 恵奈が万年筆をみずきに返した。


「ありがとう」


「何を?」


「信頼してくれて」


 恵奈が微笑んだ。


「これで、やっと本当の友達になれた気がする」


 みずきの胸が温かくなった。


「ごめんなさい、恵奈ちゃん」


「わたしもごめんなさい」


 恵奈が立ち上がって、みずきを抱きしめた。


「きつい言葉を言って」


「でも、あの言葉があったから、わたしたちは気づけた」


 小瑠璃も加わって、三人で抱き合った。


「これからは、何でも三人で相談しましょう」


 小瑠璃が嬉しそうに言った。


「そうね」


 恵奈が頷いた。


「でも、一つ条件があるの」


「条件?」


「万年筆を使う時は、必ずわたしにも相談して」


 恵奈が真剣な顔で言った。


「一人で抱え込まないで」


「約束する」


 みずきが答えた。


「でも、万年筆を使いたがったりしない?」


「しないわ」


 恵奈がきっぱりと答えた。


「わたしの役割は、みずきちゃんが正しい判断をできるように支えること」


 恵奈が万年筆を見つめた。


「こんな力は、一人で背負うには重すぎる」


 その時、他のクラスメートが教室に入ってきた。


「あら、みずきちゃんたち、仲直りしたのね」


 女子の一人が嬉しそうに言った。


「ここ数日、ずっと心配していたのよ」


「ご心配をおかけしました」


 小瑠璃が謝った。


「ちょっとした誤解があったのです」


「良かった」


 クラスメートが安心したように言った。


「三人はいつも一緒だから、離れていると寂しいのよ」


 みずきは改めて感じた。自分たちの友情を、周りの人たちも大切に思ってくれている。


 そんな友情を、危うく失いそうになったのだ。


 朝の授業が始まると、恵奈はいつものように積極的に手を挙げていた。休み時間には、三人で楽しそうに話している。


 まるで、この数日の冷戦が嘘のようだった。


 でも、みずきは知っていた。今度の友情は、前よりもずっと深いものになったということを。


 秘密を共有することで、三人の絆はより強くなったのだ。


 昼休み、三人は一緒にお弁当を食べた。


「ねえ、みずきちゃん」


 恵奈が言った。


「目黒さんという方にも、お礼を言いたいわ」


「お礼?」


「みずきちゃんにアドバイスをくださったのでしょう?」


 恵奈が微笑んだ。


「『今からでも遅くない』って」


「どうして知っているの?」


「みずきちゃんの行動を見ていればわかるわ」


 恵奈が優しく言った。


「今度、三人で古道具屋に行きましょう」


 みずきと小瑠璃が頷いた。


 三人の新しい友情の始まりだった。

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