第34話「傷ついた友情」
午後の授業が始まる時間になっても、二人は立ち上がることができなかった。
「みずきさん」
小瑠璃がやっと口を開いた。
「わたくしたち、間違っていたのでしょうか」
みずきは答えることができなかった。恵奈の言葉が頭の中で繰り返されている。
「わたしには背負えないと思っていたのね」
「わたしたちの友情って、その程度だったの?」
「わからない」
みずきがつぶやいた。
「何が正しかったのか、わからなくなった」
午後の授業に戻ると、恵奈は自分の席に座っていた。でも、みずきたちの方を見ようともしない。
いつもなら、恵奈が答える問題にも手を挙げない。休み時間になっても、本を読んでいるふりをして、誰とも話そうとしない。
放課後になっても、恵奈の態度は変わらなかった。
「恵奈さん」
小瑠璃が勇気を出して声をかけた。
「一緒に帰りませんか」
「いえ、今日も一人で帰るわ」
恵奈が冷たく答えた。
「用事があるの」
それは明らかに嘘だった。でも、みずきと小瑠璃には、それ以上言えなかった。
恵奈が教室を出て行くのを見送って、みずきと小瑠璃は重い気持ちで帰路についた。
「小瑠璃ちゃん」
みずきが途中で立ち止まった。
「恵奈ちゃんの言うことは正しいのかもしれない」
「どういうことですの?」
「わたしたち、本当に恵奈ちゃんを信用していなかったのかもしれない」
小瑠璃が困ったような顔をした。
「でも、万年筆のことは…」
「危険だから話さない方がいいと思っていた」
みずきが続けた。
「でも、それって結局、恵奈ちゃんには重い秘密を背負う力がないと思っていたということよね」
小瑠璃は何も言えなかった。確かに、そう言われてみると、そうかもしれない。
「わたくしも、みずきさんと同じ気持ちでした」
小瑠璃が小さく言った。
「恵奈さんを巻き込みたくないと」
「でも、わたしたちが勝手に決めていたのよね」
みずきが振り返った。
「恵奈ちゃん自身に選ばせることもしないで」
次の日も、恵奈の態度は変わらなかった。
挨拶は返してくれるが、それ以上の会話はしようとしない。休み時間も、他のクラスメートと話すか、一人で過ごしている。
みずきと小瑠璃は、まるで透明人間のような扱いを受けていた。
「ねえ、恵奈ちゃん」
三日目の昼休み、みずきが恵奈に話しかけた。
「お話があるの」
「わたしは特にないわ」
恵奈が素っ気なく答えた。
「お弁当を食べ終わったら、図書室に行くつもりなの」
恵奈が立ち上がりかけた時、みずきが手を伸ばした。
「お願い、少しだけ」
「やめて」
恵奈がみずきの手を振り払った。
「もう、わかったから」
教室の他の生徒たちが、三人の様子を見ている。いつも仲良しだった三人の間に何かあったことは、みんなにもわかっていた。
「恵奈さん」
小瑠璃が言いかけたが、恵奈は聞こうとしなかった。
「わたし、もう行くわ」
恵奈が教室を出て行く。
みずきと小瑠璃は、周囲の視線を感じながら、その場に立ち尽くした。
「どうしたの、みずきちゃんたち」
他のクラスメートが心配そうに声をかけてくれたが、みずきは何と答えていいかわからなかった。
その日の放課後、みずきは一人で
目黒さんなら、何かアドバイスをくれるかもしれない。
「いらっしゃい、みずきさん」
目黒さんが温かく迎えてくれた。
「今日は元気がないようじゃが」
「目黒さん」
みずきが座り込んだ。
「友達を傷つけてしまいました」
みずきは恵奈との一連のやり取りを話した。万年筆の秘密を隠していたこと、恵奈に見つかってしまったこと、そして恵奈の怒りと悲しみ。
「そうか」
目黒さんが深く頷いた。
「難しい問題じゃな」
「わたし、どうすればいいのでしょうか」
「みずきさん」
目黒さんがお茶を淹れながら言った。
「その恵奈さんという子は、どんな方かな」
「とても優しくて、頭が良くて、みんなに慕われている子です」
「そして、信頼できる友達じゃな」
「はい」
「なら、答えは見えているのではないかな」
目黒さんが微笑んだ。
「みずきさんが本当に恵奈さんを信頼しているなら、今からでも遅くない」
「でも、もう手遅れかもしれません」
「そうかもしれん」
目黒さんが率直に言った。
「でも、何もしなければ、確実に手遅れになる」
みずきは目黒さんの言葉を噛みしめた。
確かに、このまま何もしなければ、恵奈との友情は終わってしまうだろう。
でも、今から行動しても、恵奈が許してくれるかどうかはわからない。
それでも、やってみる価値はあるのだろうか。
みずきは迷いながら、古道具屋を後にした。
明日、恵奈と話してみよう。
そう決心したものの、みずきの心は不安でいっぱいだった。
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