第12話「小瑠璃との約束」

 放課後、みずきは小瑠璃こるりにそっと声をかけた。


「小瑠璃ちゃん、少しお時間はありますか」


「ええ、大丈夫よ」


 小瑠璃が微笑んで答えた。


「実は、大切なお話があるんです。二人だけで」


 みずきの真剣な表情に、小瑠璃の表情も引き締まった。


「桜川のほとりで、お話ししませんか」


 教室では恵奈が他のクラスメートと楽しそうに話している。みずきは少し後ろめたい気持ちになったが、今日はどうしても小瑠璃だけに話したかった。


 二人は学校を出て、川沿いの静かな場所に向かった。桜のつぼみが日に日に大きくなっている。暖かい春の日差しが川面を照らしていた。


 川べりの大きな石に腰を下ろすと、小瑠璃が優しく聞いた。


「どんなお話かしら。改まって」


 みずきは深呼吸をした。胸の奥で心臓がどきどきしている。


「とても信じられないような話かもしれません」


 みずきは鞄から万年筆を取り出した。


「この万年筆のことです」


「まあ、美しい万年筆ね」


 小瑠璃が感嘆の声を上げた。夕日を受けて、深い青色の軸が静かに輝いている。


「どこで手に入れたの?」


「目黒さんの古道具屋ふるどうぐやで買いました。でも、これはただの万年筆ではないんです」


 みずきは万年筆を両手で大切に持った。


「この万年筆は…文字に特別な力を与えてくれるんです」


 小瑠璃は首をかしげた。


「特別な力?」


「はい。心を込めて文字を書くと、その願いが叶うんです」


 みずきは勇気を出して続けた。


「家の時計の調子が悪かった時、『とけい なおれ』と書いたら、本当に調子が良くなりました」


 小瑠璃は驚いた表情を見せた。


「でも、それは偶然では…」


「最初はわたしもそう思いました」


 みずきは小瑠璃の目をまっすぐ見つめた。


「でも、小瑠璃ちゃんの反物たんもののことで確信したんです」


「わたしの反物?」


 小瑠璃の目が大きくなった。


「昨日、青山呉服店にお邪魔した時、万年筆で『あめのしみ きえて ひかりて』と書きました」


 みずきは正直に話した。


「あの奇跡は…みずきちゃんが…」


 小瑠璃は言葉を失った。


 川の流れる音だけが静かに響いている。鳥たちのさえずりも、どこか遠くに聞こえる。


 やがて小瑠璃がゆっくりと口を開いた。


「みずきちゃん、それは本当のお話なの?」


「はい。信じてもらえないかもしれませんが…」


「わたし、信じるわ」


 小瑠璃の声が震えていた。


「だって、みずきちゃんはいつも誠実で、嘘をつくような人じゃない」


 小瑠璃の目に涙が浮かんでいる。


「それに、お母さんの反物が元通りになったのは確かな事実だもの」


 小瑠璃は立ち上がって、みずきの手を取った。


「ありがとう、みずきちゃん。わたしとお母さんを助けてくれて」


 みずきも立ち上がった。温かい小瑠璃の手が、自分の手を包んでくれている。


「そして、このような大切な秘密を、わたしに話してくれて」


 小瑠璃の声が感動で震えている。


「でも、大変な責任ですよね。そんな素晴らしい力があるなんて」


「田辺先生もおっしゃっていました。力には責任が伴うって」


 みずきは頷いた。


「だから、小瑠璃ちゃんにお願いがあります」


「何でも言ってください」


「この秘密を、わたしたち二人だけの大切な秘密にしてください」


 みずきは真剣に見つめた。


「そして、もしこの力を使う時は、あなたと相談させてください。一人では、正しい判断ができないかもしれません」


「もちろんです」


 小瑠璃がすぐに答えた。


「二人で力を合わせて、困っている人たちを助けましょう」


 小瑠璃は嬉しそうに微笑んだ。


「みずきちゃん、わたしにとって、あなたはもう特別な人です」


 二人は川に向かって手を重ねた。


「約束しましょう。この力を、いつも正しい心で、人のために使うことを」


 みずきの言葉に、小瑠璃が心を込めて応えた。


「約束します。二人で、みんなを幸せにしましょう」


 桜川の向こうに夕日が沈んでいく。川面が金色に光って、とても美しかった。


 二人の友情は、今日この瞬間から、世界で一番特別なものになった。


 そして、二人だけの小さな冒険の始まりでもあった。

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