第26話 異世界からようこそ

「ウーーーーーー」


突然、街全体に響き渡るサイレン音が聞こえてきた。そして次の瞬間、保護者やこっそり持ち込んでいた生徒のスマホが同時に桁ましい音を上げる。


「地震!?」


「危険生物が出没って書いてある」


携帯を持ち込んでいた神田は、その画面を周囲にいた人に見せる。


画面には周囲に危険生物が出没したため、屋内に避難しろとの内容が記載されていた。


「おいお前ら、教室戻れ!」


先生の一言ともに生徒保護者ともに避難を開始した。


「ねぇ、危険生物ってなに?」


「熊とかじゃないかな。ねえ神田さん、危険生物って具体的には何なの?」


「なんかこれらしい」


もはや隠すことなく神田が見せてきた画面には、この世の生物とは思えない形をした牛のようなものが写っていた。


「おい七瀬!」


「うん!これ、イノタウロスだよね?」


「知ってるのか?」


「何度か異世界で見たことある。でもなんでここに」


こんな会話をヒソヒソと繰り返す。


そして写真をよく見ると、警察官と見られる男性が拳銃を構えて対峙している。そしてそれを横目に逃げ惑う住民やカメラを構える若者が写っていた。


場所は学校から3km程度離れた駅名が記載されている。


「負傷者も出ているみたい」


「自衛隊出動だって」


「この学校結構近くない?」


校舎が近づくにつれて合流してきた生徒や保護者が口々にそう呟いているのが聞こえる。


「七瀬、これ俺たちが行ったほうが良くないか?」


「でも、魔法はこっちで使うなって」


「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。どう見ても異世界の生物だし、俺たちが行かないと」


「分かった。とりあえず携帯取りに戻ろう。場所も具体的には分からないし」


「急ぐぞ」


雑踏に紛れてヒソヒソと作戦会議をしてから小走りで教室に戻る。


教室ではすでに数名の生徒が各々携帯で情報収集していた。


「ともき!確かチャリ通だったよな?」


「そうだけど」


「鍵貸してくれ!ちょっと借りる」


「え?こんな時になんで?」


「良いから」


「わ、分かったよ。壊さないでね」


橘のいつにない真剣な表情にただことではないと察した田村は大人しく鍵を手渡す。


「止めてる場所はいつもの倉庫近くの端っこの駐輪場」


「さんきゅ。すぐ返すから安心しろ」


そうして鍵を手に入れた橘は七瀬の手を引いて教室を飛び出す。


前から噂のあった2人だが、この件でさらに噂が加速する。しかしながらこのような緊急事態であり、流石に自転車で飛び出すということは何か事情があるのではという考察も同時に飛び交うのであった。


「なんか、青春だね」


「この状況のどこがだよ」


スマホを見るに例のイノタウロスの出没した場所までおよそ3.3kmあるらしい。


「あ、ここ右!」


「了解!」


SNSを確認すると警察官が襲われたという情報や、民間人まで負傷したなど様々な情報が飛び交っていた。


「イノタウロスってそんなに強かったっけ?」


「人に飼い慣らされてない個体がたまーに町を荒らしたりって話題になってたことはあったかも」


「ってか橘くん、どうやって戦うの?」


「そりゃ使えるようになったばかりの剣で・・・?」


「持ってないでしょ」


「そういえばそうだった・・・でも魔法が伝達できればいいから傘でも使えばなんとかなるかも」


「そう言うと思って、ハイこれ。日傘持ってきた」


そう言って七瀬は折りたたみ式の日傘を手渡す。


「お、助かる〜!ありがとう!」


橘はそれを受け取り自転車のカゴに入れた。


「飛ばすぞ〜」


そう言ってこれまで鍛えた脚力を活かしてスピードを上げ始めた。


現場に近づくにつれて、反対側から多くの人が反対方向に向けて逃げてきていた。


そしてその先にはパトカーのサイレンの点滅が建物に反射して徐々に見えてきた。


「君たち、危ないぞ!」


「すいません大丈夫なんです!」


「ちょっと待ちなさい」


後ろから走って追いかけてくる警察官を全力で振り払おうとする。内心で全力で謝りながらも、パトカーで規制された先に行くと徐々に慌ただしくなってきた。


「下がってください!危ないですよ!」


大声で叫ぶ警察官の先には大勢のスマホやカメラを構えた若者がいた。中には子連れや中年の男女まで混じっている。


自転車を捨てて、その人混みをかき分けて現場に向かう。


橘がかき分けた人混みの隙間を七瀬は必死についていく。そして規制線の前までくると、そこを潜り抜ける。


「ちょっと君たち、危ないぞ!分かってるだろ!」


規制線の前に立ちはだかっていた警察官から、厳しめの言葉で注意される。


「すいません!でも大丈夫なんです!」


規制線を潜れば目の前には数匹のイノタウロスと対峙する警察官が居た。しかしながら装備は盾と拳銃だけ。そして何度か発砲したのだろうか、地面には血痕が落ちていた。


「やっぱりイノタウロスだ」


「後ろからサポートする」


「うん。お願い」


それだけ言い交わし、剣に力と魔法を込めてケンタウロスらしき動物目掛けて一気に加速する。


力みながら、特訓で学んだように魔法を込める。剣のように切ると言うよりはあくまでカサを媒介して一点に氷を放つといった戦法だ。


本当は炎の方が火力が出やすいのだが、周囲には建物が多いため氷にした。


「でぇい!」


一点に集中し、イノタウロスの首に氷柱を打ち込む。


「グォウウォォ」


1匹仕留めると、周りにいた5体が唸り声を上げながら一気に襲いかかってくる。


「危ない!」


そう声を上げながら、七瀬は即座に地面を凍らせる。


勢いをつけて走ろうとしていたケンタウロスは、蹴り出す瞬間に地面が凍ったため5体とも滑って転げてしまった。


「さんきゅ!」


そう目線を送るが、よく考えれば自分の立っている地面も凍ってるため、歩けば転けてしまいそうだ。そこで機転を効かせて地面に傘を突き刺し、凍った足場を伝達させるように氷柱を倒れたケンタウロスに向けて出す。


地面から一気に5本出た氷柱はケンタウロスの体を貫き、その場にいた6体すべてを殲滅した。


「おぉおおぉおお」


周りで見ていた人たちからは歓声と拍手が上がる。


「これで全てですか?」


「は、はい!ところで君たちは・・・?」


目の前で起きた現実離れした現象に警察官は訝しんでいた。


「あ、えっと〜なんて言うか魔法使い!見たな・・・?」


「余計混乱しちゃうでしょ」


近くにいた七瀬が合流する。


「私たちは・・・えっと・・・その雪の女王です!」


「もっと何いってるんだよ。魔法使いの方がありのままだぞ」


「雪の女王の方がありのままでしょ。ってか何あの技。初めて見たんだけど」


「なんか、やってみたらできた。七瀬こそ地面凍らすやつ、初めてみたけどあんなことできるんだな」


「私も・・・やってみたらできた」


「なんじゃそりゃ」


警察官そっちのけで会話する2人を横目に、周囲ではこの現実離れした現象が大きな騒ぎになっていた。


すぐに応援に駆けつけた自衛隊と公安により、2人は連れて行かれケンタウロスの死体は解剖が行われることになった。


「じ、自転車学校に戻してください!借り物なんです」


「手配してあるよ。防犯カメラに君たちが乗ってきたのが写ってたし」


車に乗り込む前に、橘は鍵と共に自転車を刑事に託した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る