第9話
蜂の巣墓場(ハチノスハカバ)
濃厚なオゾン、機械油、そして腐敗した甘ったるい臭いが窒息するように漂う。我々が追跡する標的は、異常なエネルギーの乱流――強大な「エネルギー捕食者(エナジーフィーダー)」である骸(ムクロ)が、まさに変態(変質・進化)の最中にある。
「放射線指数が急上昇だ。奴は変態の核心(コア)に取り組んでいる」鈴賀(スズガ)が赤く点滅する探知機を凝視しながら、顔を青ざめさせる。「熊さん(クマ)、こいつが完成したら、この一帯は死の土地(デッドゾーン)と化す!」
熊さんは横肉を引き締め、鷹のような鋭い眼光で下方の金属迷宮を掃視する。巨大な冷却塔は巨人の腐った骨のようで、歪んだ配管は蟒蛇(うわばみ)のようにうねっている。彼は改造散弾銃を握りしめ、鈍く光る銃身が薄暗い光の中で殺気を放つ。「桐谷(キリタニ)、前衛(スカウト)を頼む。鈴賀、弱点分析だ。小僧…」彼は言葉を切り、私を見る目はこれまで以上に深みを増していた。「お前は鈴賀と一緒に、よく見て、よく学べ。こいつのシッポはお前が手を出せる相手じゃない」
「了解した」私はショートスピアを握りしめ、冷たい感触がかすかに震えを抑える。矛身は再鋳造され、強化され、ずっしりとした重みが手のひらにのしかかる。
深部へ
奥地へと進むにつれ、腐敗臭と電磁放射線による刺すような痛みが襲ってきた。見えないアーク放電が空気中でパチパチと音を立てる。鈴賀の探知機の針が狂ったように振れ、ついに巨大なケーブルが渦巻くリング状構造の前を指し示した。熔核骸(ヨウカクガイ)がリングの中心にうずくまり、背を我々に向けている。
その姿は見る者に嫌悪感を催させる。本体は腐敗した金属の巨大な心臓のようで、ひび割れた甲殻の下には、脈打つように明滅する灼熱のオレンジ色の変態核心が透けて見える。数本の太い、黒曜石(オブシディアン)のような甲殻に覆われた肢が地面に深く食い込み、地下ケーブルのエネルギーを貪欲に吸い上げている。さらに多くの太いエネルギーの触手が空中の粒子を捕らえ、「ジージー」という貪り食う音を立てている。
その変態核心は影の中の太陽のようで、鼓動するたびに光線を歪め、空気が低くうめく。
「鋼脊骸(ハガネセハイ)・熔核亜種(ヨウカクアシュ)…変態中期、エネルギーが限界値を突破している」鈴賀の声は極限まで押し殺されている。「奴は核心の防護盾(シールド)を構築中だ。熊さん、早く位置を特定しろ!」
異変発生
ちょうどその時、外界への感度が最低であるはずの熔核骸が突然異変を起こした。その甲殻の裂け目から、数十もの幽緑色の複眼が不気味に光り始めた。
「――イイィヤァァァッ!!!」 脳髄を億万の鋼針でかき混ぜられるような悲鳴が、直接意識に轟いた。空気が爆裂し、衝撃波が横掃する。
「隠れろ!」鈴賀が金属板の山へと飛び込む。
ドゴォーン!! 彼らが身を潜めていた巨大なケーブルドラムが、見えない巨力で引き裂かれ、持ち上げられ、砲弾のように熊さんのいる高台めがけて叩きつけられた。
「ぐっ!」熊さんは不意を突かれ、吹き飛ばされ、散弾銃を手放した。
同時に、熔核骸の背部が裂け、サソリの尾のような灼熱のエネルギーの棘が音もなく突き出し、鈴賀を直撃せんとした。速さは電光石火。鈴賀の瞳孔が収縮し、死の寒気が一瞬で血液を凍りつかせた。
キィィィーン!!! 蒼い稲妻がサソリの尾に衝突した。桐谷が、最もあり得ないタイミングで現れたのだ。二振りの刃が致命の一撃を必死に受け止める。しかし彼の足元の金属は陥没し、片膝をつかされ、口元から血がにじんだ。サソリの尾がじわりじわりと押し下げてくる。
圧倒的不利
衝撃波と悲鳴で、私の眼前は暗転し、血の気が引いた。余波でさえこれほどだ。熊さんは吹き飛ばされ、鈴賀は風前の灯、桐谷はかろうじて踏みとどまっている。状況は一瞬で崩壊した。
恐怖という冷たい蔦が心臓を締め上げる。しかしそれより速く、絶境が点火した本能が燃え上がった。脳が氷水を浴びせられたように洗われ、一切の雑念が排除された。
核心は本能的に守られる。変態には安定したエネルギーが必要だ。サソリの尾が主攻撃手段。精神衝撃には準備時間がいる。熊さんは銃を失った。桐谷は尾を拘束し当面は安全。鈴賀が次の標的に晒されている。金属板は一回の衝撃しか防げない。リング構造…これはエネルギー場か? いや、檻のようだ…核心を縛っている。これを破壊せよ。
情報が混沌を引き裂く稲妻のように統合された。
鈴賀が桐谷を援護しようと銃を構える。熔核骸の数十の複眼が不気味に回転し、再び彼を狙い定めた。核心が激しく鼓動する。精神衝撃が醸成される。鈴賀の周囲の空気が歪み、沸騰する。彼の銃口が垂れ、体が揺らぐ。桐谷が目を見開く。
まずい。次の一撃で鈴賀が危ない。彼の絶望的な息遣いが聞こえる。
「ガオオオオオオオオオォン――――ッ!!!」熔核骸が咆哮した。さらに恐ろしい精神の嵐が今まさに爆発しようとしている。熊さんがよろめき立ち上がり、目に焦燥が走る。
行動開始
今だ!
私は動いた。精神衝撃が臨界点に達しようとする瞬間。
目標は明確だ。衝撃を遮断し、リング構造を破壊すること。私は手持ちのスモークグレネード――瞬間的な物理的遮蔽源――を熔核骸の核心正面と鈴賀の前方めがけて、力いっぱい投げつけた。濃密な灰白色の煙が轟音と共に膨張した。
精神衝撃が津波のように押し寄せる。鈴賀に届く前に、まず煙にぶつかる。粒子ゲル状の煙が強力に妨害し、散乱させ、衝撃を大幅に弱体化させる。
「ぶはっ!」鈴賀は見えない巨槌で殴られたように、血を吐きながら電子部品の山に吹き飛ばされた。重傷を負ったが、直接衝撃は免れた。煙が渦巻き、散っていく。
同時に、私の身体が幽鬼のように爆発した。倒壊した冷却塔の湾曲した金属斜面――唯一の高速突入用「踏み台」――を伝い、自殺行為にも等しい角度で急降下する。
熔核骸の反撃
熔核骸は核心前の煙に一瞬、感覚を乱された。しかしその複眼は全身に張り巡らされている。私がそのエネルギー場に足を踏み入れた瞬間、感知されたのだ。
桐谷を押さえつけていたサソリの尾が突然、白く輝く光を放ち、彼を弾き飛ばした。サソリの尾が電光のように引き戻され、空気を引き裂くような唸りを上げて、滑降中の私を狙い、より速く、より激しく襲いかかる。
さらに、熔核骸の甲殻の隙間から、数本の二次的なエネルギーの触手が伸び、すべての退路を封鎖した。
来た。 死の風が鼻を衝く。
冷徹な洞察が降りてきた:サソリの尾は上から下への払い打ち。構えが必要。触手は下半身と側面を封鎖。唯一の活路…上方。跳躍力が足りない。あの斜めに突き出た冷却塔の支柱だ。角度。これしかない。リング構造が奴の根幹。弱点は右後方の主肢の付け根。最も脆弱だ。
身体が本能に従って動いた。
サソリの尾が体に触れる寸前。私は金属斜面の突起を両足で強く蹴った。身体が矢のように垂直に跳躍し、丸くなる。致命の尾の鞭が胴体の下半分の空気を引き裂く。衝撃波が私を上方へ押し上げる。二次触手が背中と足首をかすめる。
決死の攻撃
身体が支柱に向かって放たれる。高さは辛うじて。両足が支柱の側面をかすめる。合金の爪が耳障りな音を立てて滑る。その勢いを借りて空中で腰を捻り、体勢を変える。ショートスピアが決意の緑の閃光となって放たれる。正面の触手でもなく、核心でもない。後ろに反り返った極限の角度を利用して、核心の上方、動きによってわずかに浮いた分厚い書物形の金属板の下の隙間――そこは骸の主肢を覆う黒曜石の甲殻だ――へと突き刺さる!
プスッ!! ジリリリリ!!! エッチング加工の緑光がこれまでにないほど鋭く輝く。矛先が腐った生体組織を引き裂き、運動エネルギーで甲殻を貫通し、骸の防御エネルギーと激しく相殺する。甲殻が砕ける音が耳をつんざく。
矛身が限界までしなり、軋む。反動が手首と腕を引き裂き、骨がきしむ。私は必死に耐え、全身の力と決意、冷徹な洞察をすべて注ぎ込む。
黒曜石の甲殻が砕けた。ショートスピアが主肢と床を繋ぐ関節の深く深くへと突き刺さる。灼熱の黄金の血液が溶岩のように噴き出す。
「ウオオオオオオオオオォン――――ッ!!!」熔核骸が天を衝くほどの痛吼を上げる。精神衝撃が私の脳裏で炸裂する。核心が乱れ、巨体がよろめく。制御を失ったサソリの尾が空中で狂ったように跳ねる。
巨大な隙だ。
激痛の反動で喉に血の味がした。しかし好機は一瞬だ。核心が露出し、基盤を損傷したため脈動が不安定になり、さざ波のような微光を放っている。
「がぁああ――ッ!」私は怒号を上げ、精神衝撃で体が震え、腕が痛みで痺れる。矛を引き抜かない。両手で矛柄を握りしめ、身体の落下する重さをてことして利用する。両足で骸の負傷した主肢を強く蹴り、残る全ての力を爆発させる。
「裂けろォォ――ッ!!!」
ビリリリリリリ――――ッ!!! 巨大なてこの力で、ショートスピアが骸の主肢と固定部分に深く長い裂傷を刻む。さらに高圧の金血が噴出する。リング構造が金属の断末魔を上げる。
絶体絶命
熔核骸は完全に狂乱した。数十の複眼が目前の私を捉え、深紅の殺意が凝縮する。制御不能のサソリの尾が狂暴なエネルギーの乱流を纏い、もはや払い打ちではなく、ドリルのように私の頭部を直撃せんとする。怒りに満ちた必殺の一撃だ。より速く、より強力に。
避けられない。防げない。間近だ。足元は血の噴出で踏ん張れない。死の影が覆いかぶさる。
冷徹な洞察が再び降りる:サソリの尾の先端は高圧縮エネルギー。核心内部に構造がある。弱点を感知できる。
恐怖はない。ただ冷徹な計算だけだ。
サソリの尾が体に触れる最後の一瞬。私は驚くべき行動に出た。避けず、防がず。矛を放す。身体をドリルの方向に沿わせ、命中する瞬間、骨を抜かれたように極限まで反り返る。右腕の筋肉が極限まで膨張し、残存する体力と「破壊の天賦」を拳骨に凝縮する。外科手術のメスのように。拳骨には微かに鳴る折れた矛が吸い付いている。
ドンッ!! 拳骨がサソリの尾の先端、側面後方の微細な渦流の弱点に「点」として正確に命中する。矛先が延長だ。
針で風船を割るように。
プスッ――ッ! 鈍くも根幹を断つ爆音。サソリの尾の先端のエネルギー球が風船のように破裂する。核心が制御不能に崩れ乱れる。
最終決着
ドゴォォォォォォォォォォン!!!!! サソリの尾の先端内部で激爆が起こる。制御不能のエネルギーが回路構造を引き裂く。尾全体が寸断され、粉々に爆散する。破片と乱流の嵐が巻き起こる。衝撃波が私を容赦なく吹き飛ばす。胸に金槌の一撃を受け、血を噴き出す。
熊さんの叫び声は爆音にかき消された。
熔核骸の断末魔の叫びが極限に達する。変態核心はエネルギー連鎖の断絶による反動で激しく揺らぐ。オレンジの光が風前の灯のように明滅する。脚部の傷口とリングの亀裂が同時に拡大する。金血が決壊する。
その巨体はよろめき、触手が狂ったように舞い、むなしく何かを掴もうとする。変態状態は完全に破綻した。核心のエネルギーが束縛を失い、猛烈に拡散する。足元のリング構造が断末魔を上げ、金属の床が崩れ落ちる。エネルギー場が崩壊する。
今こそ!
私は冷たい瓦礫の上に倒れ、全身が痛み、呼吸するたびに折れた骨が軋む。視界がかすむ。しかし熔核骸の瀕死の状態が意識に焼き付いている。死の冷たさが生命の根源を燃え上がらせる。
ただ一つの標的――破滅の淵で狂ったように脈打つ変態核心だ。
熊さんが焦って駆け寄る。桐谷が刀を杖に意図を読み取るが近づけない。鈴賀が重傷の中、手を挙げる。彼らは助けたい。だが今回は駄目だ。これは私の狩りだ。真の力へ至る試練の場だ。
歯を食いしばり、血の味がする。身体はバラバラだが、骨の奥から新たな意志が燃え上がる。手は震えるが、標的はこれ以上なく鮮明だ。死の息を深く吸い込む。身体を極限まで引き絞った弓のように。斜面を蹴る。再び放たれた矢のように。痛みも乱流も崩落も無視して。空中に曝され狂ったように閃く核心へ、全力で突進する。
ショートスピアは化け物の脚に。手には武器がない。私自身が武器だ。私の「天賦」こそが、全てを貫く矛なのだ。
熊さんが私の倒れた場所に駆け寄り、壊れた肩当ての破片を掴むだけだった。桐谷が猛然と顔を上げる。鈴賀の手が空中で止まる。心臓が喉元まで上がる。素手で瀕死の巨獣に挑むのか?
熔核骸が死の接近を感じ取る。残った主肢を掃く。大量の破片とケーブルの大波が巻き起こり、エネルギー衝撃を伴って頭から降り注ぐ。
フンッ。私の目に宿るのは、極限の集中による熱狂的な光だ。身体が高速で突進し、神業的な微調整を見せる。一歩一歩が、残されたわずかな安定点――ケーブルの突起、半ば埋まった厚い鋼板、凝結液の凍った隆起――を正確に踏みしめる。重心が幽鬼のように変わる。
前進、後仰、横滑り、捻り。回避動作はことごとく紙一重。破片の縁が体をかすめ、深い傷を開ける。エネルギー流が防護服を焦がし、痕を残す。血が空中に弧を描く。方向は微塵も乱れない。
もっと近く。 破滅を脈打つ熔核の核心が目前に。怒れる太陽のように灼熱だ。
核心対決
核心が死の脅威を感知する。最も眩いオレンジの光を爆発させる。拒絶的なエネルギー場が猛然と拡大する。巨大な抵抗が泥沼のように包み込む。速度が急減し、一歩も踏み出せない。弾き飛ばされそうになる。失敗すれば核心は確実に爆発する。
「がぁあああああああああああ――――ッ!!!」生命の限界を超えた咆哮。魂が叫ぶ。骨が軋み、筋肉が裂け、精神が燃え尽きる。
熊さん、桐谷、鈴賀が驚愕する。血まみれの姿が力場に阻まれた刹那、両手を胸の前で合わせる。祈りではなく、見えない雷を圧縮するように。微かだが確かに存在する破壊的な震動の灰色の光が拳の上に閃く。彼の意志だ。エネルギー構造を引き裂く「天賦」だ。
両拳が城壁破壊槌(バッターリングラム)の如く、灼熱のエネルギー場に突き刺さる。キィィィィ―――ッ!!! ビリリリリリ!!! 耳を劈く引き裂き音。灰色の天賦が致命の腐食酸のように防御場と激しく相殺する。無敵の力場が腕ほどの太さの通路に引き裂かれる。ほんの一瞬。
通路の先に、無防備に脈打つ変態核心がある。
「終われえええええええええ――――ッ!!!」 最後の力を振り絞って。咆哮が終結を告げる。灰色の光に包まれた焼け爛れた右拳が、虚空を越え、千鈞の勢いで熔核の核心のど真ん中に叩き込まれる。
ポッ。 不気味な破裂音。泡が弾ける。
時間が凍りつく。
戦いの終結
狂暴なオレンジの光が瞬時に消え去る。核心が支えを失い、崩れ落ち、瓦解する。脈動する組織が肉眼で死の灰黒色へと変わる。
熔核骸が宙に浮いた触手を垂らす。数十の複眼の暴戾な光が退潮し、虚ろな闇を残す。巨躯が重々しく前のめりに崩れ落ちる。震動。金血の噴泉が止む。
煙塵がリング状の廃墟にゆっくりと立ち昇る。
私は突き出した拳の姿勢を保ち、よろめく。右拳が崩れ落ちた核心の冷たい殻に触れている。腕が激しく震える。全身の傷口から血が流れる。視界の端が暗くなる。激痛と脱力感の津波が飲み込もうとする。血と汗で顔が覆われる。それでも立っている。見守る者の前で。独りで。熔核の屍骸の上に。
死の沈黙が固まる。残存する電弧の微かな音と、廃墟を吹き抜ける風の嗚咽だけが響く。
高台で、熊さんが助けに飛び出そうとした姿勢のまま、石化したように固まっている。口元の血は渇いて傷跡のようだ。掴もうと虚空に伸ばした、古傷と自身の血で汚れた大きな手が、硬直して空中に浮いている。焦り、心配、怒りが消え去り、骨の髄まで揺さぶられる衝撃だけが残っている。彼は埃を貫く視線で、血まみれでよろめきながらも槍のように立つ若い姿を凝視している。それは生還した後輩を見る目ではない。
彼が見たのは、半生の経験を超え、現実を超越した激しい衝撃だ。その姿が決死の突進をし、不可能の中から核心の力場の弱点を見抜き、命を燃やして拳で熔核の本質を貫いた瞬間の、狂気じみた正確さ…あまりにも見覚えがある。それは彼が若い頃、屍の山と骸の海の中で瀕死の、同じく兄弟である仲間を救うために、身体の限界を超えた力を爆発させ、散弾銃の銃身で「暴君(タイラント)」骸の硬い脳核を砕いた時の姿だ。同じ狂気、同じ一途さ、同じ命を賭した血路を切り開く決断。
しかし…完全に同じではない。空塵(ソラチリ)という名のこの小僧が持つ、生死の瀬戸際で一瞬の機会を本能的に捉える能力、エネルギー構造のレベルで破壊的な打撃を与える力、戦いのために生まれたかのような純粋な天賦の才…それは熊さんが若い頃、想像すらできなかった領域だ。伝説の領域だ。
「げほ…げほ…」 電子部品の山で、鈴賀が必死に上半身を起こす。割れたゴーグルはどこかに飛んでいき、額には骨が見えるほどの深い傷が開き、血で顔の半分が覆われている。片腕がだらりと垂れ下がり、明らかに骨折している。彼は激しく咳き込み、血の塊と内臓の破片を混じえた唾を吐き出し、苦しそうにもがきながら頭を持ち上げる。
血走った目がやっと焦点を結び、リング状廃墟の中心にある惨劇――熔核骸の完全に息絶えた巨大な屍骸と、その上に立ち、同じく傷だらけながら不屈の戦魂を放つ姿――を捉えた時、彼の口が思わず大きく開いた。その度合いは、無理やりこじ開けられ、高性能爆弾が丸ごと入るほどだ。その表情は、凡人が神の裁きを見上げ、無敵の巨獣が粉砕されるのを目撃したようだ。「あ…あいつ…」 息の漏れるような声が彼の喉から絞り出され、信じがたいという感情と強い衰弱感がにじむ。「素手…で…熔核…の核心を…破ったのか?」 桐谷の粒子刃ですら何度も斬りつけなければ破れなかった核心の力場を、こいつが拳で引き裂いた?
衝撃、最初は純粋な、津波のように意識を飲み込む絶対的な衝撃だった。しかしすぐに、より複雑で、深い既視感を伴う動揺が押し寄せた。その既視感――それはかつて桐谷が窮地に陥り、狭い換気ダクトに閉じ込められ、双剣と意志だけを頼りに暗闇の中で十七体の小型骸種を無音で斬り伏せ、全身血まみれで地獄から戻った修羅のように生還の鉄扉を押し開いた時、彼が外から桐谷を見た時に感じた、信じられなさと、生還の安堵と、言いようのない後悔が入り混じった感覚が、心をよぎった。
しかし今回は、全く違う。目の前のいわゆる「新人」が示したものは、いわゆる「経験豊富」を完全に超越し、彼が全く理解できない「天賦」の領域、戦闘本能の頂点に達していた。戦闘において最も狡猾で凶暴な捕食者のように本能的に致命的な隙を嗅ぎ分ける恐ろしい直感、ミリ秒単位の戦闘リズムの把握、環境、自身の肉体の潜在能力の全て、武器特性(武器すらなくとも)を極限まで利用し、完璧な破壊の連鎖を形成する冷酷な効率…鈴賀は激しく震えた。ハンタ…
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