はじめての、迷子救い

第1話 霧の中に立ち現れる、迷子救い

──1972年 8月17日。


 「待ってー!」


 小さな少年の声が、昼の深緑山の登山道に響いた。

 今年、小学一年生になった少年は、母親と二人で山登りに来ていた。

小さな歩幅で、落ち葉を踏みしめて必死に母を追いかける。

 「ん?なんだろ……」


 道端の木に、小さな鳥の姿を見つけた少年は立ち止まる。

「かわいい……あれ?」


前を向き直したとき、もう母親の姿はなかった。

「おかあさーん!!」


 少年は走り出す。だが、いくら走っても追いつかない。


 気がつけば、登山道を外れてしまっていた。


 「ここ……どこ……? おかあさーん……?」


 少年は濃い霧の中、迷いながらも母親の影を探す。

 何度も、何度も。

 母親を呼びかけるが、誰も何も返事をしてはくれない。


「待ってよ……」


 辺りはすでに濃い霧に包まれていた。

少年は泣きながら歩き続けた。


「どこなの……見えないよ……わからないよ……」


 ついにその場に座り込み、膝に顔を埋める。


「つかれた……もう、うごけない……」


──そのとき。


「...泣かないで。」

 やさしい、やさしい声が、耳に届いた。


 ふわっ。


 やわらかな感触が、少年を包んだ。


「泣かないで。迷っちゃったんだね。」


 顔を上げた少年は、大きな白い羽と、あたたかな腕に抱かれていることに気づいた。


「……だれ?」


 栗色で長い髪の、白い服を着た少女は言う。

「迷子を、助けるひと。大丈夫。必ず君をお母さんの元へ帰すよ。だから、泣かないで」


「……わかった。もう、泣かないよ」


「……よし。君はえらいね。さあ、私と手をつないで、ついてきて。」


 少女が手を差し出す。少年は、その手をしっかり握った。

 少女の手は、あたたかくて柔らかい。


 しばらく歩くと、道が開けた。


「まっすぐの矢印の標識だ……」


 少年の声に応えるように、霧の中から黒い羽をつけた、紺色で長い髪の、青い服を着た少女が現れる。その手には、[この先 安全]と書かれた補助標識のついた、直進の矢印標識をもっている。

「……この子、ここまで来ちゃったんだ。」


「うん。一緒に帰してあげよう。」


「……わかった。こっちだよ。」


 黒い羽の少女が、手に持った矢印標識で道を示す。

 そして3人は、また歩き出した。


崖を避け、足元に気をつけながら、一歩ずつ、慎重に。

 やがて少女たちは言った。


「この道をまっすぐ行けば、登山道に出られるよ。ここまで、よくがんばったね。」


「……ありがとう」

少年は言った。

そして少年は振り返り、走り出す。


「おかあさーん!!!」


──母親の元へ、少年は無事に戻ることができた。



 その少しあと、霧の中で、ふたりの少女がぽつりと話す。


「……あの子は、無事に戻れたみたいね。」

「ほんとに、よかった。」

「すごく怖がってた。でも、ちゃんと私たちについてきてくれた。」

「最後、“ありがとう”って言ってくれたね。」

「うん。心があたたかくなって、すごくうれしかった。」

「これからも、ここに迷い込んだ人がいたら」

「…必ず、一緒に歩いていこう。」


──霧の山には、確かに迷子を救う者たちがいた。

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