第一章 4 「両親」

―普通の家庭、とはどんなものだろう?


アスランにとっての"普通"は前世の記憶が大半のため、未だ母親に抵抗がある。そして祖母というものには少しの罪悪感と嫌悪感、それと少しの感謝がある。父親や祖父に対しては何も思うことがない。少なくとも祖父、というものとは接したことがないため一切分からない。


―なら、一般的な普通は?


それならアスランにだってわかる。母親がいて、父親がいる。たまに兄弟や姉妹なんかもいて、仲が悪かったり、邪険に扱ったり扱われたりもする。だが、結局は仲睦まじく暮らしている。それがアスランの思う、理想の"普通"。

前世で得られなかったもの、前世で失ったもの、前世で忘れられてしまったもの、全てがその理想の"普通"。アスランにとっての理想、クラスメイトの大半がその理想を嫌味ったらしく言う姿がアスランは嫌いだった。アスランにとっての理想はそいつらにとっての理想とはかけ離れているという事実に意外性すらあった。

なぜこいつらはこれだけ理想通りの暮らしを送っているにもかかわらずこのような愚痴をこぼせるのだろう?

その答えには、すぐたどり着いた。


―人間は満足することが出来ない。自身にとっての理想はその人にとっては当たり前でその人にとっての理想は自身の当たり前なのかもしれない、アスランは二度目の人生にしてそれを実感した。

良い父親に出会った。家も豪邸で何一つ文句のつけ所がない。それでもアスランは、気づけば男の欠点を探そうと自然としてしまう。いくら自分を『宝物』と言ってくれようと、どれだけ『天才』と褒められようと、アスランは満足ができない。そう、アスランの精神年齢は17歳。思春期と、そう呼ばれる年齢だ。それも終盤、成人する一歩手前の段階の話。そう、アスランは…


―俺は二度目の人生にしてようやく、反抗期を終えようとしていた。


***********************


目を開くと見知らぬ女性が立っていた。とても美しい女性だ。その女は淡く長い桃色の髪と赤い瞳を持ち、こちらの方を見ず、アスランの父、ダイツ・フォルトの方を見て話をしている。

先程までは頼りある姿を見せていたダイツだが、今は女の前で正座をして話をしっかりと受け止めているようだった。


「いい?拾ってきた、じゃないの!たしかに子供は欲しいわよ?けど、捨てられてた子供を拾うなんて…しかも黒髪に黒目の、」


「その…可哀想だと思って…」


「はぁ…まぁたしかに可哀想ではあるわよ?それにこの子には確かに何の罪もない、けど、私が欲しいのは…あなたとの…」


「それについてはこの前言った通りだって…俺じゃお前との間に子供を作れない…すまない。」


アスランのいる部屋で揉めている両者。女の主張は自分達の子供が欲しいとの事だったが、ダイツにはそれが厳しいらしい。女の声も震え気味だがダイツも深く反省した素振りを見せているため何も言えない。第一、アスランに何かを言う権利はなかった。拾われた側、この話の中心となっているアスラン自身に何かを言う資格は無い。誰が悪い、などと言ったものはない。誰も悪くない、誰の主張も間違いではない。故に、この状況は免れない。

女は目に涙をうかべ、男はさらに頭が下がる。そしてアスランはその場を、目を閉じてやり過ごすことに決めた。


「それでもっ、私はあなたとの子供が欲しいのっ!」


「それは出来ないって!だからこうして…」


どんどんヒートアップしていく男と女の言い合い。そんな二人の姿が見ていれなくなり、ようやく一人、動き出した。


「おんぎゃぁぁ」


アスランは泣いたふりをする。ダイツには借りがあったためそれを返すのも含め、ダイツの逃げ道を作らせた。


「あっ、起きちゃった…ごめんなさい…アスラン。」


「アスラン…そうだよな… よしっ、」


女が近づき心配そうにアスランの方を見る。そしてダイツはアスランの方を見て何かを決心したようだった。


「チサ…、俺はこの子も我が子だと思って育てるよ。アスランは俺が見つけた『宝物』だから。チサには迷惑かけると思う。だけどお願いだ、アスランを…俺ら、フォルト家に迎え入れてはくれないか?」


「そう、本当に勝手な人…けど、私もアスランはなんだか我が子のように思えてくる。なにか特別な縁でもあるのかしら?もしかしたら、この子は本当に私たちにとっての『宝物』なのかもね。」


「「あ、笑った!」」


アスランの笑顔に二つの声が重なり、その声は笑い声となって大きくなっていく。


「ちょっ、同じこと言わないでよ!」


「そういうチサこそ!」


見つめ合い、先程までの空気が嘘のように二人の間を優しく穏やかな空気が包み込む。


「はぁ…アスランが泣いたおかげで冷静になれたわ。ありがとう、アスラン。」


「俺もお前のおかげで決断できた。ありがとうな、アスラン。」


二人が感謝を伝えた相手は今まさに笑っている一人の赤ん坊、アスラン・フォルトだ。

ここまで上手くいくとはアスラン自身も思ってはいなかった。だが、ここまで上手くいったのは決してアスランだけの力では無い。元から二人は互いの気持ちに気づいていたのだ。それでも、その期待に応えられそうにないという不安から逃げ道ばかりを作ってきたのだった。ダイツとチサ、どちらも似たもの同士のお似合い夫婦だと、アスランは思う。


そう、これこそが、アスランの理想の普通。それに近い家族であり、それに近い夫婦なのだと、そう、これこそがアスラン・フォルトが求めていたものなのだと、そう思った。


***********************


―それから時は流れダイツ・フォルトとチサ・フォルトの二人と出会い、四年が経過しようとしていた。

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