あなたに読まれるたび、私は消える

Naml

雨の音覚えているか

第1話 雨が呼んだ日


【注意】



この物語には“あなた”という人物が登場します。

ただし、それはあなたが想像した“あなた”ではありません。






──読み進めるうちに、どちらが本物かわからなくなるだけです。




____________________________





これは、読んではいけないものだ。

そう思ったのは、ページを開いてしまった後だった。

あなたは、なぜその日記を手に取ったのか覚えていない。

けれど確かに、部屋の隅にそれは置かれていた。

古びた黒革の装丁。角が擦り切れていて、まるで誰かの指先に何度もなぞられた痕跡のようだった。


最初のページには何も書かれていなかった。

なのに、なぜか雨の音が聞こえた。

──ぱち、ぱち、ぱち、と。


妙に乾いた音だった。現実のものとは思えなかった。


あなたはそのとき、部屋に雨など降っていないことを知っている。

カーテンをめくれば夜の街灯がいつものように光り、窓ガラスは乾いている。


けれど耳の奥で、確かにあの音が鳴っていた。

遠くからやってくるのではなく、頭の中で始まるような雨。


ページをめくると、文字があった。


それは誰かの筆跡だった。細く、震えていて、けれど確かに自分の字に似ている。

そう思った瞬間、寒気が背を這った。


一日目。彼女はまだ現れていない。でも、音はもうしている。

たぶん、これは、まただ。

「……また?」


あなたは声に出した。けれどその声も、どこか他人のように聞こえた。

次のページへ手を伸ばす。止められない。読んではいけないと、脳のどこかで叫んでいるのに。


二日目。彼女の影が玄関に立っていた。目を閉じると、あの音が中に入ってくる。

……記憶が曖昧だ。何度目だろう。これを読むのは。

あなたはページを閉じた。


呼吸が乱れている。心臓が早鐘のように脈打っている。

読んだだけのはずだ。日記。それだけのはずだ。

なのに、なぜ自分の部屋の中で──雨の音が、こんなにもはっきりと聞こえる?


ぱち、ぱち、ぱち。

それはもう、“あなたの耳”ではなく、“日記の中”で降っている。


それでもあなたは、次のページに手をかける。


だって思い出したから。

この雨音を──前にも、どこかで聞いたことがある。


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