墓守の少年

ビビりちゃん

第1話 静かな墓地とひとつの墓

和歌山の外れにある小高い丘。その中腹に、時の止まったような墓地がある。


春でもどこか肌寒く、常に風がささやくように吹いていた。


人通りは少なく、誰にも顧みられないようなその場所で、主人公・蓮(れん)は祖父の手伝いで墓地の清掃をしていた。


毎週末、錆びついた一輪車を押して、落ち葉を掃き、墓石を拭く。


人目につかない地味な仕事だったが、蓮は嫌いではなかった。


誰にも邪魔されず、自分の世界に没頭できる時間だったからだ。


しかし、その日、蓮はひとつの奇妙な墓に気づいた。


それは一番奥の角にある、小さな墓。


苔むしていてもおかしくない場所なのに、その墓だけは常にきれいに保たれていた。


落ち葉一枚なく、花が供えられていることもある。


けれど、蓮が清掃中に誰かがそこを訪れた様子を見たことは一度もなかった。


「不思議だな……」


ふとそんな言葉が漏れたその夜、蓮は夢の中で同じ墓地を歩いていた。


月明かりの中、誰かがその墓の前に立っていた。


小柄な男の子。暗がりの中でも、その顔ははっきりと見えた。


どこか懐かしい面影があり、蓮は思わず声をかける。


「君……誰?」


少年は振り返ると、微笑みながらこう言った。


「ありがとう。いつもきれいにしてくれて。」


そして、霧のように静かに姿を消した。


目が覚めた蓮は、夢のことが頭から離れなかった。


あの墓、あの少年。まるで現実と混ざり合っていた。


祖父にそれとなく聞いてみた。


「一番奥の、小さな墓って誰の?」


祖父は少しだけ顔を曇らせた。


「ああ……あれは、20年くらい前に亡くなった子のだ。確か名前は……拓也(たくや)くんだったかな。事故で急に亡くなってね。お母さん、あのあと町を出ていったよ。」


「どうして?」


「……聞いた話じゃ、町にいるのが辛すぎたらしい。思い出すものが多すぎて、生きていけなかったんだって。」


祖父の言葉に、蓮の胸の奥がチクリとした。


夜になると、再び蓮は墓地に足を運んだ。


不思議な感覚に導かれるように、少年が現れるのを待った。


やがて、風が止み、草木がざわめきをやめたとき、墓の前に彼が立っていた。


「やっぱり来てくれた。」


「君は……拓也?」


少年は微笑みながら頷いた。


「うん。ずっと、誰にも会えなかった。でも君が来てくれて、きれいにしてくれて……うれしかった。」


「どうして、ずっとここに?」


「忘れられるのが、いちばん怖かったんだ。」


その言葉に、蓮は心の底から揺さぶられた。


蓮は決意する。


拓也の家族を見つけて、再会させてあげよう、と。


祖父の協力を得て、古い住民票や町役場の記録を調べる。


手紙も何通も書いた。


ようやく、数駅離れた町で暮らす拓也の母・亜紀子の連絡先が判明した。


「息子さんの墓のことをお話ししたいんです」


震える声でそう伝えると、受話器の向こうで静かな嗚咽が聞こえた。


数日後の午後、薄曇りの空の下、墓地の入り口に一人の女性が立っていた。


黒いワンピース姿、ハンドバッグを胸元に抱え、表情は張りつめていた。


彼女が亜紀子だった。


蓮が案内すると、彼女は足を止め、声を詰まらせながら墓の前に膝をついた。


「拓也……ごめんね、ごめんね……こんなに、長い間……」


その背中が震えていた。


蓮はそっと隣に腰を下ろし、静かに見守った。


そのとき、風がふわりと吹いた。


見上げると、拓也の姿があった。


穏やかで、少しだけ泣きそうな顔をしていた。


「ありがとう、お母さん。来てくれて、うれしかったよ」


亜紀子にはその姿は見えなかったが、どこかその気配を感じたのか、ぽつりと呟いた。


「……感じる。あなたが、ここにいるって。」


拓也は蓮のほうを見て、深く頷いた。


「ありがとう。もう、寂しくないよ。」


そして、彼はやわらかな光に包まれ、空へ溶けていった。


翌朝。


蓮が墓地に来ると、拓也の墓の前には白いシロツメクサが咲いていた。


昨夜の風が残した贈り物のように、柔らかく揺れていた。


蓮は静かに手を合わせた。


——忘れられても、思い出されれば、魂は救われる。


そう信じて。

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