第五話 敵か味方か、もう一人の転移者

 翌朝、ギルドの掲示板前にはちょっとした人だかりができていた。


「昨日の火災事件、あれ倒したの新人らしいぜ」


「南門の倉庫を守ったとかなんとか」


「名前は……高城マサト? あいつ、“中にもう一人いる”って噂だぞ」

 ……え、ちょっと待て。もう噂になってんの?

『いやいや、モテるの早すぎない? ボクたちまだFランクだよ!?』


「……静かにしろ。目立ちすぎるとロクなことにならない」


 俺――高城マサトは、昨日の火災事件で正式に報酬を受け取り、臨時の表彰までされてしまった。


 リシアは俺たちと行動を共にしていたが、今日だけはソロで素材納品の仕事に行っている。


「……今日はおとなしくしてよう。ギルドの依頼でも見て――」


「おや、あんたが“噂の新人”かい?」


 声をかけてきたのは、赤毛の男だった。年齢は俺たちよりやや上、青年といった風貌。

 ただし、その背中に背負っている大剣は――完全に規格外だった。


『おぉ、強キャラ感すごっ』


 男はにやりと笑った。


「俺は“ケイジ”。あんたと同じ、“転移者”だ」

 

 ギルドのカフェスペースに移動し、俺たちはケイジの話を聞いた。


「俺がこっちに来たのは……半年前だな。気がついたら森の中だったよ。で、魔物に追われてたら偶然レガリアの巡回兵に助けられて」


「……お前は“ひとり”の人格なのか?」


「ん? ま、ああ。一応な。ってことは、お前……やっぱり噂通り、二人入ってんの?」


『ばれてんじゃーん!』


「……そうだ。“双核型”って言われた」


 ケイジは顎をさすりながら、面白そうに笑った。


「なるほどな。こりゃ珍しい。てか、俺からすれば羨ましいぜ。ひとりで全部決めなきゃならねぇの、わりと寂しいしな」


「……」


『……いいやつっぽいけど、どうなんだ?』


「……お前、俺たちに何の用だ?」


 問いに、ケイジはまっすぐ答えた。


「今夜、“誰かが狙われる”。この街の中でな。俺はその情報を、ナレクから聞いた」


「ナレク……?」


「そう。“ノア・コード”だ。お前らと最初に接触したあいつ、今はこの都市でも情報網を握ってる」


「……狙われるのは、誰だ?」


「まだわからねぇ。ただ、“双核型”もそのターゲットに入ってる可能性がある、って話だ」


 ◇ ◇ ◇

 日が落ち、レガリアの街に仄暗い灯りが灯る頃。

 俺たちはリシアと合流していた。


「へー、ケイジって人、そんなに強いんだ」


「剣の持ち方と身体のバランスで、わかる。少なくとも、この都市の冒険者じゃあ相手にならない」


「で、そんな人が“誰かが狙われる”って教えてくれたってわけね……」


 リシアは肩にかけた剣のベルトをきゅっと締め直す。


「……あたしが狙われてたら、守ってくれる?」


「当然」


『あったりまえだろ? 誰に手ぇ出してると思ってんだよって話だぜ?』


「……ユウキが出てきてるのも、もうわかるようになってきたよ」


 リシアは少し笑いながら、でも目は真剣だった。


「マサト、あたしも一緒に戦うから。ふたりを、置いて行かないから」


 


 ――その言葉から、数分後だった。


 


 路地裏に響いた、金属音。


 ギルド近くの小道で、数人の黒装束の男たちが人だかりを作っていた。

 その中心にいるのは――ケイジ。


「おいおい、ずいぶんと手荒じゃねぇか?」


 ケイジの声に、黒装束の男たちは無言で武器を構える。


「……こいつら、喋らない。感情もない。魔術傀儡(オートドール)だ」


 ユウキが俺の中でつぶやく。


「マサト、前に出るよ。連携でいくぜ」


「わかった。切り替える」


『――《双核展開、戦闘モード》! いくぜ!!』

 ◇ ◇ ◇

 ユウキが先頭、ケイジが右、リシアが左。

 不気味に動く“無表情の人形たち”と交戦が始まる。


 ドン、と地面を蹴る。拳で一体を殴るが、反動が強い。

 奴らの体は硬い――いや、魔術で強化されている。


『数、十体以上かよ!? これ、地味にキツくない!?』


「耐久勝負じゃ不利だ。マサト、スキルを重ねる!」


『了解――じゃあ、いくか……初めての“あれ”!』


 


 ――その瞬間、二つの意識が完全に交差した。


 


《人格融合スキル:ダブル・エゴ》発動

発動条件:完全合意の同調意識

効果:筋力、速度、判断力を双方最大値に補正/連携スキル解放


 


 俺とユウキの意識が、完全に“ひとつ”になった。


 体が軽い。視界が速い。心が、静かに燃えている。


「――行くぞ」


 拳を振るった。殴った瞬間、敵の胸に亀裂が走る。


 リシアの剣と、ケイジの斬撃も連動する。連携の波が生まれた。


『おらぁああッ!!』


 最後の一体を叩き伏せると、周囲に静寂が戻った。


 


 ◇ ◇ ◇


 


 事件後、敵の正体は不明のままだった。


 ただ、ひとつわかったことがある。


 ――誰かが、転移者を狙って動いている。


 リシアはギルド前で別れ際、言った。


「ねぇ。あたし、あんたたちともうちょっと一緒にいてもいい?」


「……もちろん」


『仲間、増えたな』


 


 そしてその夜、ギルドの屋上で黒いフードの男がまた呟いた。


「“ダブル・エゴ”か……やはり、面白い。もっと早く見つけておけばよかった」


 


 ――異世界の謎は、まだその入り口を見せただけに過ぎなかった。

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二重人格くんの異世界旅 黒山羊 @yage0308

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