春にほどける約束
エグジット
第1話:燕去月(えんきょげつ)
四月の風が吹いた。 桜の残り香が校門のアーチに微かにとどまり、 新入生のざわめきと共に、春は確かにこの学園にもやって来た。
「……この校舎、やっぱり出るらしいよ。幽霊」
先輩が誰ともなく囁くのを耳にしながら、 僕――綾野陽翔(あやの・はると)は、 初登校の朝、靴の左右を間違えていたことに気づいた。
「おーい、そこの“逆足王子”! 靴、逆だよ!」
声をかけてきたのは、 ツインテールに金色のピンを差した少女、 学年は僕と同じ一年。名前は確か――
「月宮さやか。あなた、運命を信じる?」
靴の向きを直している間に、彼女はそう訊いた。 唐突すぎて、思わず「え」と情けない声が出る。
「だって、今日の朝の夢でね、 “靴を左右逆に履いた男の子と出会う”って、言われたんだもん」
誰に? と聞き返す前に、彼女は校舎の方へ駆けていった。 風に乗って、スカートがふわりと浮かぶ。
その背中が、なぜかとても“懐かしく”感じた。
――初対面のはずなのに。
その日から、僕の学園生活は少しずつ“ずれ”はじめる。
消えるはずのない連絡ノートが忽然と失くなったり、 旧図書館の鍵が勝手に開いていたり、 誰もいない教室から、ピアノの音が聞こえたり。
そしてそのたびに、 さやかは言うのだ。
「この学園には、“過去が戻る窓”があるんだって」
それが事実か、嘘か。 不思議な出来事は次第に僕らを巻き込み、 ひとつの“約束”の記憶へとたどり着く。
――君は、あの春に僕に何を伝えようとしたの?
そして、なぜ君は“またここにいる”の?
燕去月。 燕が去る月。 誰かが来て、誰かが去る、儚い季節。
僕らの物語は、笑えて、少し切なく、 でも、きっと“何か”を信じたくなる春から始まった。
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