メロディア!

みらい

第1話「ようこそ、ルミエール学園へ」

春。

やさしい風が校舎のすき間をすり抜けて、どこまでも透き通る空を泳いでいた。


その風に混じって、ほんのり香る桜のにおい。

高鳴る心臓の鼓動は、その匂いと一緒に胸いっぱいに広がっていく。


――そして、その中心にいる少女。


黒紫の長い髪が肩で揺れる。

瞳は夜のように深くて、でも星みたいな光が見える紫色。


「黒紫シオン(こくむら・しおん)、13歳」


今日からこの学園で、アイドルを目指す。


「うわぁ……ほんとに、夢みたい……!」


シオンは校門の前で立ち止まり、大きな建物を見上げた。


ルミエール学園。

全国からアイドル志望の少女たちが集まる、日本でも有名な芸能特化型の学園。


ステージに立ちたい。

誰かの心に届く歌を歌いたい。

大きな夢を持った女の子たちが、毎年この門をくぐる。


でも、シオンには少しだけ違う理由があった。


彼女は――**“特別推薦”**という制度で入学した。

試験も、オーディションもない。ただ一言。


「君、かわいいね。うちに来ない?」


そう言われて連れてこられた、それだけ。


「わたし……本当にここにいていいのかな……」


誰にも聞こえないような小さな声で、つぶやいた。


でも、不安よりもずっと強い気持ちが胸の奥にある。


「――見返してやるんだから」


ただ“かわいい”ってだけで選ばれた子だって、

ちゃんと夢を叶えられるんだって。


シオンはそう信じて、胸を張った。


教室のドアを開けた瞬間、キラキラした世界が広がっていた。


カラフルな髪色、派手なヘアアクセ、ぴしっと決まった制服。

一人ひとりがまるでアイドルそのものみたいで、どこか現実じゃないみたいだった。


「わぁ……みんな、すごい……」


シオンが声を漏らすと、すぐに数人の視線がこちらを向いた。


そして、すぐに――

ヒソヒソ声。


「ねぇ、あの子……知らない」

「推薦枠? 顔だけで入ったってうわさの……」


くすくす笑う声に、胸がちくりと痛んだ。


だけど、シオンは笑顔を崩さなかった。


「平気だよ。……これからちゃんと見せるんだから。

わたしの歌で、わたしの声で――」


「はーい注目ー! 入学式、もうすぐ始まるわよー!」


教室に入ってきたのは、担任の女性教師。

細身のシルエットに、キリっとした声。

でもどこか明るくて、雰囲気を一瞬でまとめてしまうようなオーラがあった。


「新入生のみんな、今日からよろしくね。

ここにいる全員が“アイドル予備軍”ってわけ。努力しない子は、すぐに置いていかれるわよ~?」


「「「はーい!」」」


教室が一気に活気づく中で、ふと――


シオンの横を、誰かが通りすぎた。


「ふふ。なんか目立つ子、発見~♪」

「くだらないわね。入学式くらい静かにしてなさい」


まるで風がすり抜けたような、印象的なふたりだった。


ひとりはリボンのついた紫のボブヘア、元気そうな表情。

もうひとりはピンクのツインテール、鋭い視線とクールな雰囲気。


――ふたりは、《ラヴィル》だった。


この学園で一番人気のユニット。

入学前からSNSでも話題になっていた存在だ。


シオンは思わず、その背中を見つめていた。


(あの人たちが……ライバル)


入学式のあと、ホールで行われた簡単な歓迎パフォーマンス。


在校生によるライブステージ。


そこで登場した、たったひとりの少女が――

シオンの運命を、大きく変えることになる。


長い水色の髪。

ステージの中央で、ひとこともしゃべらずに立つ少女。


彼女の名前は「愛莉奈(ありな)」


「……歌います」


静かな声とともに、音楽が流れる。


そして始まった歌は――


冷たくて、静かで、美しくて、心に刺さる。


でもそこに、笑顔も、喜びも、楽しさもなかった。


それでも、なぜか――涙が出そうになるくらい、心を揺さぶられる。


(この子……歌うのが、苦しいのかな……?)


ステージの最後、愛莉奈は一礼もせず、そのまま舞台袖へと消えた。


「……すごかった……でも、なんでこんなにさみしい気持ちになるんだろう……」


シオンの中で、何かが静かに動き始めた。


それはきっと、

“歌うこと”がただのステージじゃないと、初めて気づいた瞬間だった。


そして物語は動き出す――。

黒紫シオン、そして愛莉奈の、夢のユニット誕生へと。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る