告白

 その日の夕方、真梨まり千郷ちさとは帰り道を共にした。両者ともに、その表情には陰りがある。あの学級会を経て、彼女たちが平常心でいられるはずもないだろう。


 千郷は恐る恐る訊ねる。

沙奈さなの言っていたこと、本当なの?」

 無論、彼女とて、最大の親友を疑いたいわけではない。その質問は、ある種の事実確認にすぎなかった。


――この時、真梨の中で、天使が十字架から解き放たれた。


 今更になり、真梨はようやく事実を認める。

「……そうだよ。私は、ずっと……貴方を手に入れようとしてたんだ。千郷だけが、私を理解してくれるから」

 その声色は少し震えており、弱々しかった。この期に及んでもなお、千郷は彼女を責めようとはしない。

「ううん、それは違うよ」

「え?」

「真梨が今まで苦しい思いをしてきたこと、あーし、全部知らなかったんだもん。あーしは、真梨の親友なのに」

 これまで散々な想いをしてきた千郷が気にかけていたことは、己が親友を理解してやれなかったことだ。無論、そんな彼女の優しさは、その親友を更に苦しめることとなる。

「千郷……」

 罪悪感に苛まれ、真梨は少しうつむいた。その震える手を優しく握り、千郷は愛想笑いを浮かべる。

「大丈夫。あーしは、真梨のことを見捨てないから。どんな過ちをおかしても、心を入れ替えればいいんだよ」

「でも、私は……」

「真梨があーしを必要としているように、あーしだって真梨を必要としているんだよ」

 彼女はそう言ったが、真梨は己がどんな人間であるのかを誰よりも知っている。その脳裏では、中学時代の出来事が反芻されている。

「あのね、千郷。中学の時のこと、覚えてる?」

「覚えてるよ。真梨がなんとかしてくれたおかげで、あーしたちはいじめられなくなったんだよね?」

「あの時期の家庭科室での事故は、私が仕組んだことなんだ。家庭科室の合鍵を作って、昼休みに忍び込んで、全部のシンクの排水溝に塩素系漂白剤の粉末を詰め込んだんだ。千郷以外なら、誰が巻き込まれても関係ないって思ってたから」

 これで家庭科室の一件の真相は、二人の間で共有された。千郷が言葉を失う中、真梨はこう続ける。

「千郷。私はずっと、貴方を愛していた。私には、貴方を愛する資格なんかなかったのにね」

 皮肉にも、彼女が恋心を明かしたのは、全ての罪を認めた後になってのことだった。その告白に対する答えは、まだその場では出てこない。これをどう受け止めるか、千郷はまだ考えを整理できていないのだ。

「愛するとか愛さないとか、そういうの、よくわからないけど……資格の要るものではないと思う。どんな罪があっても、どんな間違いを生んでも、人を愛する権利は、誰からも奪われてはいけないと思う」

 それが彼女の受け答えだった。その依然として変わらない優しさに、真梨は頬を赤らめる。このままアプローチを仕掛ければ、親友を恋人にすることも不可能ではないだろう。


 それでも真梨は、千郷を手に入れることを諦める。

「だけど、私は最低な女だ。私に愛されたら、貴方は不幸になる」

 確かに、彼女は今に至るまで、様々な方法で親友を追い詰めてきた。それは揺るぎのない真実である。


 千郷は本心を口にする。

「そ、そんなことないよ。今はまだ、愛とかそういうの、よくわからないけど……あーし、真梨がそんな理由で全てを諦めたら悲しいよ」

 相も変わらず、彼女は己自身以上に真梨のことを気遣っていた。元より、真梨もそのような善性に惹かれて彼女を好きになったようなものだ。やがて学校の最寄り駅に着いた二人は、解散することとなる。

「じゃ、私はこっちの路線で帰るから、またね」

 そう言い残した真梨は、人混みの中に姿を消した。心の中で、彼女はこう呟く。

「またね――それは、私があの子に対して、最後につく嘘になるだろう」

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