責任の所在

 翌日の放課後、沙奈さなは再び千郷ちさとに接触した。当然、前々から真梨まりを陥れようと立ち振る舞っている彼女は、その親友からすれば警戒の対象だ。

「なんの用?」

 そう訊ねた千郷は、擦り切れたような顔つきをしていた。立て続けに災難に見舞われた彼女は、酷く疲弊している有り様だ。そんな彼女に対し、沙奈は救いをちらつかせる。

「アナタを助けたいと思ってね」

「あんたが、あーしを……?」

「クリエイトピアの不祥事があってから、アナタは妙に暗い顔をしている。今、心に余裕がないでしょ? 目に見えてわかるよ」

 無論、沙奈の目的は救済ではない。彼女はただ、真梨を壊したいだけだ。千郷はその道中にいる――ゆえに利用価値がある。


 されど、千郷はすでに真梨に依存し始めている。そんな彼女が眼前の女を信用するのは、決して簡単なことではない。

「ありがとう。でも、あーしがあんたを信じていい根拠はあるの? ごめんね。今、あーし、結構人間不信になってるからさ」

 彼女がそう言ったのも無理はない。周囲の生徒は彼女に加害し、彼女の家庭環境は酷く荒れている。この状況下で千郷が信頼できるのは、真梨一人だけなのだ。当然ながら、沙奈はそれを理解している。その上で、彼女は千郷に声をかけたのだ。

「安心して。ワタシは別に、アナタに嘘を吹き込もうとしているわけじゃない。ただ、助かる方法を提案しようと思っただけだから」

「助かる方法……?」

「責任の所在がわからなければ、作れば良い。誰よりもアナタの側にいて、アナタが本来なら売るはずのない相手……そういう人間に濡れ衣を着せるのが一番疑われないよ」

 そう――真梨を壊すにあたって、必ずしもその本性を暴かなければならないわけではない。言うならば、沙奈は千郷に対し、あの女を生贄に捧げることを提案しているのだ。その提案は、千郷の神経を逆撫でする。

「そ、そんなこと、できるわけないでしょ!」

「普通に考えたらそうだよね。だからこそ上手くいくんだよ」

「あんた、一体……何を言って……」

 込みあげる恐怖を前に、彼女は言葉に詰まった。それでもなお、沙奈の淡々とした説明は続く。

「アナタがその人物の裏を知っていることにも説得力があるし、周りはアナタがその人物を不当に売るはずがないと確信しているもの」

「だからって、真梨を売るなんて間違ってる!」

「アナタが救われるためだもの、アナタは何も悪くない」

 二人だけが立つ教室に、不穏な空気が立ち込めた。鋭い眼光で相手を睨みつつ、千郷は震えている。

「どうして、あんたは真梨を追い詰めようとするの?」

「逆に、アナタが真梨を庇うのは何故? 優しくされたから? アナタ『だけが』あの子に優しくされたから?」

「仮にそうだったとして、何がおかしいの?」

 真相や裏を知らない彼女は、頑なに真梨を庇い続けた。もはや理屈など通用しない。彼女はすでに、真梨のものになりつつある。それでも沙奈は、揺さぶりをかけることをやめはしない。

「不自然だと思わない? あの子がアナタ一人だけに優しさを向け始めてから、全ての歯車が狂い始めたんだよ?」

「そ、それは……」

「ワタシは、アナタには幸せが相応しいと思ってる。だからアナタも、ワタシのマヴだよ。だから一人で抱え込まないで、心細い時はワタシを頼っていい。それじゃ、千郷。また明日ね」

 一先ず、猜疑心の種は植え終わった。慈愛を演出した笑みを浮かべた沙奈は、静かにその場を後にする。教室に一人きりで残された千郷は、押し寄せる記憶に抗うように歯を食いしばる。

「違う。真梨は味方。真梨があーしの人生をめちゃくちゃにするわけがない」

 その言葉は、彼女の自己暗示に近かった。さりとて沙奈の言い分は、彼女の中で点と点を結び付けつつあった。

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