第3話

第3章:鉄道の守護者へ


現在、田中は深夜の線路を歩いている。レールの点検が彼の仕事だ。

「田中さん、どうですか?新しい生活は」。同僚の山田が声をかけた。山田も元収容者だった。

「悪くないですね」。田中は答えた。「少なくとも、電車に飛び込む理由はなくなりました」。

「そりゃそうでしょう」。山田は笑った。「僕らが整備した線路に飛び込んだら、品質管理上問題がありますからね」。

二人は笑い合った。深夜の線路に、彼らの笑い声だけが響いていた。

遠くから終電の音が聞こえてくる。田中は腕時計を見た。23時58分。定刻通りだ。

「完璧なシステムですね」。田中は呟いた。

人身事故企図者を鉄道技術者に変換し、再び社会復帰させる。2050年の日本は、廃棄物ゼロ社会を実現していた。文字通り「人」すらも無駄にしない社会が、そこにはあった。

---

10年後。

所長室にて。

「田中啓二、社会復帰申請、承認されました」。白衣を着た女性が言った。

所長は静かに頷くと、机の引き出しから黒いファイルを取り出した。

「これでようやく外に出せますね、"3号体"は」。

「はい。"元の人格記録データ"も復元済みです。新しい記憶と混在させることで、本人も気づかぬままスムーズな帰還が可能でしょう」。

「それにしても奇跡的でしたね。田中啓二の“情緒的再生力”は非常に高かった」。

女性が微笑んだ。「あとで解析データを中央AIに送っておきます。彼の人格パターンは、今後の収容者教育に使えそうです」。

所長はふと訊ねた。

「…ところで“初代の田中”は、もう回収不能なのか?」

「はい。初回の飛び込み時、ゲル収容に失敗して即死でした。ただし脳幹のデータは15秒分だけ確保できたので、それをもとに再構築したのが今の3号体です」。

「なるほど…。よくここまで『本人と思い込んで』動いてくれたものだ」。

二人はモニターを見つめた。そこには、保線作業を終え、満足そうに線路を見つめる田中の姿が映っていた。

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【人身事故収容システム】 奈良まさや @masaya7174

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