泡沫

白川津 中々

◾️

奮発したのだ。


六千円のシャンパン、なんとかシャンドン。語呂がいい。普段飲むチューハイ缶と違い高級感がある。実に素晴らしいデザインのボトルだ。手に触れた瞬間に伝わるフランスの情景はおぉシャンゼリゼ。普段うだつがあがらず馬鹿にされ続けている人生だからこそ、満足度を上げていきたいのである。


さて、早速ポンと開封して美酒に酔いしれようと思ったがアクシデント。蓋を密閉している封の切り口が見つからない。どれだけ瓶をクルクルさせても一向に地続きな開け口は騙し絵か何かと疑う程である。早く、早く飲みたい。用意したチーズとフルーツと一緒にシャンパーニュの風を感じたい。しかし、あぁしかし、無風。風の吹く気配すらなく、無慈悲に時間だけが過ぎていく。まるで答えのない間違い探しをしているようだ。なんだろう、このやるせなさ。小学校時代、裁縫の授業でまったく上手く縫い付けられず、延々と針を通しては糸を切りを続けていた事を思い出す。同じだ。どうやっても完成系に辿り着けず、同じ失敗を何度も何度も繰り返す不毛な行為と。そうして過去の惨めさと今がリンク。すっかり温かくなってしまった瓶の手触り。ちくしょう、なにがシャンパンだお高く止まりやがって。所詮酒。人に飲まれて終わるだけの存在だというのに! 


「お前まで俺を馬鹿にするのか!」


怒りに身を任せシャンパンをシンクに叩きつけると瓶は割れ黄金色の液体が飛び散った。ガラス片が全部落ちると、ジャワシュワと泡が弾ける音が聞こえ、芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。


「……ちくしょう」


冷静になり、六千円の損失と自身の惨めさに泣いた。炭酸の音はもう、聞こえない。響くのは、俺が鼻を啜る音だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

泡沫 白川津 中々 @taka1212384

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ